「君と夏が、鉄塔の上」読書感想文

 「君と夏が、鉄塔の上」は、おととしの夏に初めて読みました。今回、読書感想文を書くにあたって、再度読みなおしをしました。1度目と2度目で、感じたことに違いがあったので、それを書こうと思います。

 始めて読んだときは、ただただストーリーの行方に夢中になりました。 鉄塔の上の男の子の謎や帆月の焦燥感の理由が知りたくて、ひたすら読み進めました。
 伊達くんと帆月が89号鉄塔の上で、夕日に染まった荒川を下るおみおくりの儀を眺めている風景は、本当に神秘的で、読んでいて物悲しくなりました。それは、「ああ、これでクライマックスかな」と、物語の終わりも同時に感じていたからかもしれません。
しかし物語はそこで終わりではなく、その後の展開は怒涛で、ワクワクさせられっぱなしでした。お祭りでの神隠しや、おみおくりの儀の壮大な印象で、すっかり存在が頭から抜けていた「自転車」が再度登場してきたときは「あ…!そうか、そうくるか!」と、一本とられた気持ちになりました。どこか懐かしいようなひと夏の冒険と青春を、一緒に体験させてもらいました。

 2度目に読んだときは、登場人物の行動やその気持ちを意識しながら読んでみました。すると、一度目では気づかなかったこと、感じなかったことが多く出てきました。

 伊達くんは相手の気持ちを慮るばかり、なかなか自分の言葉が見つからなかったり、自分がしたい行動がとれませんでした。しかし、帆月がいなくなってしまったとき、帆月の気持ちを分かってやれることはできない、ただ自分は帆月といたいんだという、相手ではなく自分の気持ちが主体で初めて動きました。それまでは意識してばかりだった自転車での二人乗りやデートのお誘いなども、最後には自然にこなしていて、伊達くんは本当にかっこよくなったと思います。

 帆月については、引っ越すことがわかっていたので、帆月の気持ちや行動の理由を考えながら読み進めました。帆月が比奈山に借りた本の返却を伊達くんに頼んだのは、比奈山の家の近くに本当のお母さんの家があったからなのではないか、初めて公園で鉄塔の上の子を見たのはお母さんと会った日の帰りなのではないかと思いました。

 送電線の上を歩いたり、お面を被った者たちの世界へ行くなど、不思議な体験をした帆月と伊達くん。普通だったら「忘れられない思い出ができたね、これで離れていても大丈夫だね」で、ENDかもしれませんが、帆月は泣き出してしまいます。
きっとどんどん思い出さなくなる、きっと忘れてしまう、伊達くんのことも、比奈山くんのことも。
ずっと忘れられたくないと言っていた帆月が、ここで初めて「忘れたくない」と言います。それだけ、大切な思い出ができたのです。伊達くんも安易な言葉ではなく、伊達くんにしか出来ないことで帆月を笑顔にさせました。このラストのやり取りは、お話が終わった後も二人の物語が続いていくことを感じさせてくれて、とても幸せな気持ちになりました。
 
 伊達くんが帆月を連れ戻しに行ったときに、伊達くんはお面の男に近寄られて右手を向けられます。二度目に読んだときに、このお面の男は何をしようとしているのだろうと考えました。
命をとろうとしていた?でも、お面の男(の一人)が明比古ならば、さすがに命まではとらないのではないか。明比古がやることとすると…記憶を改ざんしようとしていた?
この考えに至ったとき、私はゾッとしました。記憶を改ざんされてしまったら、これまで一緒に過ごしてきた夏の思い出が消えてしまう。それは帆月が一番恐れていた、忘れられてしまうこと。一人神様の世界に行って、忘れられてしまうなんて、なんて悲しいことなんだろうと思いました。
 でも、その窮地を救ったのが、比奈山のくれたお守りでした。ここで比奈山の存在が出てきたことが、私はとてもうれしかったです。なぜなら、この夏は伊達くんと帆月、そして比奈山の3人で過ごした夏なのですから。
比奈山は伊達くんに、これまで肌身離さなかった大切なお守りを預けていました。比奈山も帆月の不思議な力や行動力、伊達くんの成長に触れることで、自分自身の力とも向き合えるようになったのではないかと思います。

 お面の男たちは神様なのか、だとしたらなぜ帆月には見えていたのか、それとも全て帆月の頭の中の映像だったのか…。答えは出ませんが、鉄塔の上の子が見えていた時と見えなくなってからの帆月に変化があったことは確かです。個人的には、神様や椚彦がいてくれたら素敵だなと思います。
 帆月は「忘れられてしまう」という自分の存在の危うさから、人間ではない別のモノに近くなってしまったのではないでしょうか。だから、神様が見えてしまい、その世界についていけてしまったのでは、と思います。伊達くんが帆月を連れ戻してくれて、送電線デートの約束をしてくれて本当によかったです。

 鉄塔が映える青空が広がる夏の間は、鉄塔を見る度にこの物語を思い出します。しかしいつしか、帆月が言うように、思い出すことが少なくなってしまうでしょう。
その時は、鉄塔を見上げるようにこの本を手に取ろうと思います。次に読むときは、また違う感じることがあるかもしれません。
しかし何度読んでも、読み終わった後にいつも感じることは、「鉄塔がいつまでもずっと、繋がっていればいいな」ということでしょう。

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