噛み合わない会話と、ある過去について
辻村深月の小説を初めて読んだ。
共感性羞恥心を逆撫でされながら、苦しみながら読んだ。
特に「パッとしない子」を読んだときは何度も本を閉じた。
他人との会話や行動が過去になった時、思ってもみないところで嫌われていることを知った衝撃は重く重くのしかかる。
この本は噛み合わない他人同士が交差することなく終わる。
これからも交差しないであろう形で後味悪く終わる。
私にもあるだろうなと思うととても悲しくなった。
しかし、他人と関わることなく生きてくことはできない。
言葉も行動も受け取り方はそれぞれであり、それは見えないところで行われていることをひしひしと感じながら生きていかなければならない。
そう思うとなんだか眠れなかった。
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