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カルチジョリムの思い出

コロナ禍がきっかけとなり私の仕事はオンラインが主流となった。
でも、少数派だがまだ対面のレッスンもある。オンラインか対面かどちらが好きかで考えるとやはり対面の方だ。楽なのは当然オンライン。だが対面には対面の良さがある。一昔前は、対面が当然だった。

対面レッスンの一番の面白さはやっぱりライブ感だろう。
生徒さんとの呼吸や間合いや笑いが作る空気感はオンラインでは
作れないものだ。どんなに時代が変わっても人は会って話したいと思う部分は無くならないだろうと思う。

対面レッスンでは多くの場合、お茶などの飲み物が出される。そこはお国柄だけでなく個人差もあるが、朝はコーヒーが多い。それ以外にもいろんなおもてなしを受ける場合もある。韓国人女性の生徒さんを3年ほど担当していた頃、レッスン終わりがちょうどお昼時だったりすると「センセーお腹が空いていませんか?」と聞かれ、手早くぱぱっと料理を作ってくれた。食事会を企画して私を招いてくれたり、都内で彼女のお気にりの韓国料理のお店に食事に誘ってくれたり、食にまつわるいろんな思い出を作ってくれた生徒さんの一人だった。

どんな料理を作ってくれたか全部は覚えてないが色々作ってくれた。チャプチェやポッサム、チゲなどもどれも本当に美味しかった。当時彼女はまだ二十代。まだ若いのにいつも手早く美味しいものを作っては食べさせてくれた。食材や調味料へのこだわり、何より健康への意識がものすごく高い。そんな彼女を見て、私はふと知り合いの一人が横浜でお料理教室を運営していることを思い出した。そのお料理教室は日本に住んでいる海外の人が英語でお料理のレッスンをするスタイル。場所は基本的にその先生の自宅。外国人向けの大きな住宅でお国柄が感じられるインテリア、個性的なテーブルのしつらえなども含めて日本にいながらにして異国情緒を楽しめる珍しいお料理教室だった。私は彼女に言ってみた。「日本でお料理教室の先生をやってみたら?」彼女は即答だった。「やりたい!でも私はまだ日本語がそんなに話せないです。」「大丈夫。教室はむしろ英語の方がいいかもしれないし。だんだん日本語で話せるようになればいいと思う。」と背中を押した。

彼女のお宅は六本木にあるデザイナーズマンションでそんなに広いところではなかったが、とにかく部屋の作りが面白くてオシャレだったしインテリアも個性的。そして歯に衣着せぬキレのあるトークも個性的。あれよあれよというまに彼女のお料理教室は開講の運びとなり、彼女のクラスはあっという間に大人気になった。

(お料理教室、やった方がいい)と思いついた思い出深い料理は、カルチジョリム。太刀魚とジャガイモの煮込み料理だ。唐辛子で真っ赤に見える料理はその昔、アルジェリア人の生徒さんが作ってくれた真っ赤な魚料理を一瞬思い出し、美味しそうに見えなかった。でも、一口食べて本当に驚いた。真っ赤だから確かに辛い。太刀魚はどちらかと言えば淡白な味わいの白身魚だし、じゃがいもにもそう個性的な味があるわけでもない。それでも、何がそうさせるのか絶妙にバランスの取れた深くて優しい旨味と太刀魚とじゃがいもの組み合わせの食感の優しさが食欲をそそった。

あれから17年の時が経ったと、彼女が都内の大きなキッチンスタジオでワイヤレスマイクを使って流暢な日本語で説明している。先日、私は彼女のお料理教室の生徒として参加してきた。彼女は今、サンフランシスコ在住で料理教室を自宅キッチンを会場に運営。最近では世界に舞台を広げ、東京にも年に数回来ては特別メニューの料理教室を開催する。7月に「先生!8月東京で料理教室をするので来てください!」と連絡が来て、当時ペアを組んで一緒に教えていたもう一人の先生と一緒に参加を申し込んだ。久しぶりに話すとは思えないほどの日本語トーク展開力で会場を笑わせ、驚かせ、上手に場を盛りあげる。二人で目配せして彼女の日本語を心から楽しんで聴いていた。

その日のメニューは本当に全部美味しかった。そして一番心に残ったのは平壌冷麺。韓国人も自分ではほとんど作らずレストランに行って食べるものらしいが、それもそのはず、スープからしてとても手がこんでいる。とても家庭で再現できないと思った。何時間も牛骨を煮込んで出汁をとり、水キムチのつけ汁と混ぜて作るスープ。肉の出汁の旨味と水キムチの発酵した酸味の融合が作り出す深い味わいが夏の疲れた体にしみ渡った。

今年の夏は暑さが本当に厳しい。でもいい夏だ。
カルチジョリムにもう一つ、美味しい冷麺が私の思い出に加わった。


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