一緒に作るマガジン〜「発達障害」と診断された人のための「発達障害」の説明書①〜
【読者の皆様へ、ご協力のお願い】
私は、発達障害を診断する小児科、精神科で臨床心理士として働いていた。
そして、保育園や幼稚園、小中学校、支援学校、児童発達支援事業所や放課後等デイサービス等へのコンサルテーションを行ってきた。
そこでは、発達障害の子どもやその保護者、大人になって発達障害と診断された人、発達障害の子どもを支援する人などなど、色々な人と話をする機会があった。
私は心理士として働いている。
でも、実際にそのような人たちと話をするまで、私は、「発達障害」というものについて、今振り返って思うと、よくわかっていなかったと思う。
大学で「発達障害」についての授業は受けた。
「発達障害」のことについて知ってはいた。
それでも、「よくわかっていなかった」のである。
そんな「よくわかっていなかった」自分が、実際に発達障害の子どもと会って、保護者と話して、支援者と情報を共有して…という日々の中で、少しずつ自分の中の「発達障害」というものがまとまってきたように思う。
最近なぜか、自分が実際に関わってきたお子さんや保護者のことをふと思い出すことが多い。
きっと、noteに関わるようになって、いろいろな人の体験談や思いが記された記事に触れるからだろうと思う。
そんな中、「発達障害」について、現時点ではまだ「よくわかっていない」人たちに向けて、記事を書いてみたいと思うようになった。
学生時代の、「発達障害」について「よくわかっていなかった」自分のような人にも有用な、少しだけ「発達障害」が身近に感じられるような記事を書いてみたいと思うようになった。
世の中には、多くの「発達障害」をテーマにした書籍がある。
イラストがたくさん載っているものや、研究データをもとにしたもの、当事者が書いたもの、親向けに書かれているもの…
それら「発達障害」の良書と比べたときに、私がこれから書いていく内容は、「すごくオリジナリティがある」とか、「今まで誰も言ったことのないことを言う」とか、「段違いにわかりやすい」とか、そんなことはおそらくない。
ではここで私が「発達障害」についての記事を書く理由はなんだろう。
すでに世にある良書を紹介するのではなく、自分で書く理由はなんだろう。
私はこのマガジンを、この文章を読んでくれる人に直接届けたい。
そして「発達障害」について一緒に考えたい。
そのために、私は、「発達障害」と診断された人たち、「発達障害」の人と関わる人たちと一緒にマガジンを作成していきたいと思っている。
私は「発達障害」についての記事をこれから書いていく。
しかし、質問が出ればそれに答えながら内容をどんどん変えていきたいし、体験談を取り上げても良いという方がいれば、体験談について書かれた記事を紹介してもらって、それに答えながら記事を書いていきたい。
そのように、読者と一緒に作り上げるマガジンにしていきたいと思っている。
もし何も質問や意見が出なければ、自分が思っていることをつらつらと書くことになるだろうけれど、何かの縁があって、書店に並ぶ良書ではなく、私の文章に出会った(出会ってしまった)人に向けて、とりあえずは書き始めてみようと思う。
出版されている書籍を読むのは、受け身の作業である。
受け身の作業では、理解するまでに時間がかかったり、わかったような気がしていたけれど、実際には「よくわかっていなかった」ということが起こり得る。
学生時代の私のように。
私は働き始めてから、主体的な学びの機会を得た。
子どもや保護者にたくさんのことを教えてもらった。
そして今、「発達障害」のことが、以前と比べると少し理解できたような気がしている。
私が子どもや保護者に教えてもらったような、受け身ではない、主体的な学びの機会を作りたい。
だから、『一緒に作るマガジン』なのである。
マガジンの作成に読者も参加してもらうことで、主体的な学びとなり得るのではないかと思ったのである。
他の「発達障害」関連の良書と比べて、この記事が読者の学びにとって優れた何かがあるとするなら、「記事作成に参加でき、主体的に学べる」という一点のみであるかもしれない。
実際のやりとりが形になれば、それはきっと「発達障害」を身近に感じられる機会となり、リアルな学びとなる。
大学で受け身的に授業を受けても「よくわかっていなかった」自分、そんな自分と同じような人たちに対しても有用なマガジンになるだろう。
タイトルはズバリ
「発達障害」と診断された人のための「発達障害」の説明書
✔︎「発達障害(自閉スペクトラム症、ADHD、LD等)」と診断されたけれど、何のことやらよくわからない、という人
✔︎「発達障害」と診断されて絶望している人
✔︎「発達障害」じゃないかと心配している人
✔︎「発達障害」と診断されて、いろいろ勉強してきたけれど、いまいち「よくわかっていない」んじゃないかと思っている人
✔︎「発達障害」と診断された人と関わる人
主体的な学びのために、そんな人たちの力を借りたいと思っています。
是非、ご協力をよろしくお願いします。
【以下、宣伝と少しのつぶやき】
現在、別のマガジンで、「普通」の人のための箱庭療法の説明書と題して定期的に記事を書いている。
お時間に余裕がある時には、こちらにも目を通していただけると嬉しい。
何が「普通」で、何が「普通でない」のかという問題はあるが、私は、「普通」の対義語として「発達障害」を置いているわけではない。
発達障害は、「普通」の人も持っているようなある特徴が非常に強く出たり、逆にある特徴は弱かったりすることによって、生きづらさを感じている人に対して診断される。
私の周りにも、発達特性(発達障害の人に見られるような特徴)を持ちながら、「普通」に生きている人たちがいる。
「発達障害」ではないその人たちは、「みんないろいろあるのが『普通』だよね」と言いながら「普通」に生きている。
発達特性があっても、「普通」に生きられるような世の中になればいいと思うし、そのために、世の中が「発達障害」のことをもっと身近に感じ、気軽に考え、話し合ってほしいと思う。
私が心理士として、様々な人たちの人生に触れて思うことは、特徴が強すぎても、弱すぎても、生きづらさにつながることがあるということである。
一方で、特徴がないということも、生きづらさにつながることがある。
たとえば「普通」であることをコンプレックスに思う人もいる。
それぞれが、それぞれの「普通」を胸に、「普通」に生きていける社会を目指して、
そして、「特別」な人間として生きたい人が、「特別」な人間として生きていける社会を目指して、
記事を書きたいと思う。