世界の適切な保存 永井玲衣さん
Instagramを完全に止めてみて、本当によかったのは、この、紙の本を手に取ってじっくり読もうという、不思議な心の余裕ができたことだ。
ページをめくるときの指の音が好きだ。じーっと読んで、わからなければ、何回もページを行き来する時が。
そして、運動不足だからと、ちょっと近所を歩いている時にも、夕日を見ながら、あるページの永井さんの心が染み出している言葉を反芻したりする。
私は、探し出して「みいつけた!」と言われるために、大きな木の陰に隠れた。何回も。見つけてもらえる時も見つけられない時もあった。ほっとした時も、見捨てられたような気持ちになった時もあった。でも、あの私は、もう見つからないのかな?
今度は私が鬼になって、あの、見つけてもらえなかった私を探し出してあげて、にっこり笑い、
「みーつけた!遊ぼうか?」と言わなければならない。大丈夫だよ、と言わなければならない。
永井さんが書いているように、たとえゾンビのようになっていようが、ボロボロな服で、ボサボサの髪で、財布の中に、ほとんどお金がなくなっていようが、
良いのである。
みーつけた。
遊ぼうか?
なにしようかね。
大丈夫なのだ。