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親の背中。


「親の背中を見て育つ」


そんな言葉があるけれど、
この言葉を耳にする度に
今では疎遠となっている父の事を思い出す。



父は手書きのイラストレーターだった。
専門学校を出て、デザインオフィスを開業して、
様々な作品を世に送り出していた。



企業のロゴや広告の作成、名刺のデザイン、
本の表紙や挿し絵なども手掛けていたし、

行政からも依頼を受けていたので、
公共交通機関のチケットやパンフレットの挿し絵、
中学校の記念Tシャツのデザイン、
駅に貼られているポスターなど、
街を歩くと父の描いた絵を見る機会があった。



これは余談だけれど、
父の作業部屋には様々な画材があった。
近所の文房具屋さんに負けないくらいの品揃えで、
色とりどりの画材が並ぶ棚を見ていると心が弾んだ。

6Hの鉛筆の芯の強度を確かめたくて
画用紙や薄手の段ボールに芯を刺してみたり、
6Bの鉛筆の芯を触って指先を真っ黒にして
その指で絵を描いてみたり、
大型の印刷機でぬり絵をコピーして
父の色鉛筆を勝手に借りて塗ってみたり……



父からは「仕事道具で遊ぶな!!」と
物凄い剣幕で何度も何度も怒られたけれど、
幼い頃の私は全く懲りずに、それを繰り返していた。


さて、話を戻すと……


当時の私は、父に憧れていた。

個性豊かな画材に囲まれながら仕事をする父は、
まるで魔法使いのように絵を描いていた。

定規を使わなくても真っ直ぐ線が引ける。
コンパスを使わなくてもキレイな円が描ける。
使いたい色を作れる。
それがどれだけ素晴らしい技術なのかを
子供なりにきちんと理解していた。



様々な道具を操りながら
様々な作品を描いていく姿は格好良かった。
そして、どの作品も素晴らしかった。

父は一日中 机に向かっていた。
だから、父を思い出す時は
絵を描いている時の背中を思い出す事が多い。

締め切りが近くなったり
幾つのも仕事が重なった時には、
深夜になっても絵を描き続けていた。
そうなれば不機嫌な時間も長かったので、
話し掛けられるような雰囲気ですらなかった。



だけど……  こんな事もあった。



嫌な事があって甘えたくて
仕事中の父の背中に抱き付いたのだけれど、
邪魔をしてはいけない、と思って
ただひたすら動かずにくっついていた事がある。

その時の父は何も反応も示さずに
手を止める事なく黙々と絵を描いていた。

あの時の父が何を思っていたのかは
今となっても解らないのだけれど、
父の広い背中に安心した記憶は今では残っている。

ただ、そのままで居てくれた事が
とてもありがたくて、とても嬉しかった。


そんな私の憧れだった父は、
バブルが弾けて間も無く失業した。


景気が悪くなった途端に
広告費やデザイン料はいち早くカットされた。

そこから間も無く初代iMacが発売。
家庭用PCの普及が一気に加速した。


その結果……

手描きはコストと時間が掛かるという理由で
見向きもされなくなった。


父の仕事は時代と合わなくなった。

そして、
父はそのまま取り残されてしまったのだ。


やがて父は、絵を描くことを辞めてしまった。


素人でもデザインが出来る時代になったせいで
街にはチンケなイラストが溢れている。
俺の絵や技術の価値が解る人は居ない。

そう言って、卑屈となり、
時代の波に乗れなかったことを正当化し、
現状を認められず、現実逃避を繰り返し、

すっかり無気力となってしまった父は
部屋に籠り一日中TVを観る生活になった。



その時の後ろ姿が
もう、何て言うか、物悲しくて……

今でも目に焼き付いている。忘れられない。


絵を描いている時の父の背中。

絵を描かなくなった時の父の背中。


どちらを思い出しても切なくて涙が出る。


実際に、この記事を書きながら
涙が止まらなくなってしまった。


父の事は、嫌いではない。

ただ、諦めて欲しくなかった。
自分に言い訳しないで
時代に食らい付いて欲しかった。

父には絵を描いていて貰いたかった。
父の作品を沢山の人に見て貰いたかった。

私の憧れだった父の事を、
もっと沢山の人に知って貰いたかったの。


だって、父は「絵を描くのが好き」だと
いつも私に話してくれていたの。

「自分のやりたい事が出来て幸せだ」と
幼い私に話してくれていたんだよ。


駄目だ。
父と過ごしていた日々を思い出して
涙が止まらなくなってしまった。

今の私にならどうにか出来たのか?なんて
思ったりもするけれど、
それはもう、後の祭りでしかない。


久し振りに父に会いたくなったけれど、
会って、嫌いになったりしないだろうか。

それが怖くて、会えずにいる。


今の父の背中は、きっと萎んでいるのだろう。

私が背中に抱き着いた時のように……
傷付いた私を受け止めてくれるような
そんな広さではないのだろう。


怖い。けど、会いたい。

この葛藤を何年も繰り返してきた。
まだ当分は踏ん切りがつきそうにはない。


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