図らずも、デジタルデトックス
2024年明け、とある場所の展望台からうっすらと島が見えた。ゲームをしているとよくある「遠くに何か見えるけど、多分行けない場所」を彷彿とさせた。
この世界は現実なので、行きたいと思えばいつだって行ける。なので、島を見た次の日には島行きのツアーを探し、弾丸旅行が決まった。
旅行の前日、ワクワクで旅程確認をして早めに就寝した。
当日の朝、港に向かう最初のバス停で
スマホを落とした。
バスに乗り、
「さて、何時の電車で何駅に向かうんだっけな」
とスマホを取り出そうとし、どこにもないことに気づく。
旅程は全てスマホで管理していたので、スマホがないと本当に困る。同行者への連絡もできない。絶望。血の気が引くとはこういうことか。
同行者に連絡もできない状況で、勝手に引き返すわけにもいかない。
何がなんでも港に着くぞ!!!!(港待ち合わせ)という強い決意を胸に目的地を目指した。
スマホ無しで目的の駅に辿り着く困難さ
東京都内の港が目的地のため、迷路のように入り組んだ都心の地下鉄を乗り継ぐ必要がある。
港の最寄駅は2つあり、昨晩調べていたうっすらと残っている記憶を頼りに改札へ向かう。
合っているかわからない目的地までの切符を購入。切符売り場にはほとんど人はおらず、早朝のため駅員に助けを求めることはできない。
設置された、小さい文字でぐちゃぐちゃの路線図を見ながら乗り換えの駅を予測。なんとか一つ目の電車に乗り込めた。
普段は気に留めずに乗っているが、
東京都の路線、複雑すぎて理解不能。
時間を確認できるものが無さすぎる
無事に電車に乗り、乗り換えの時間をチェックしようとスマホを出そうとし、
「そういえば無いんだった」と焦る。
なんと、駅のホームや電車内に時計が無いのである。
あとから調べたところ、スマホの普及に伴い、経費削減のために時計の撤去が進んでいるらしい。電車内の行き先を示すモニターにも時刻表示はなく、無常にも広告が映し出されていた。
本当に困ったので、乗客に
「今何時何分ですか?!?」と聞くところだった。
そんな度胸は無いため、時間が全くわからないまま乗り継ぎ駅へ。
早朝は、駅員や助けてくれる人はいない
乗り継ぎ駅にて、あまりにも困ったため助けを求められそうな人を探す。
が、早朝の平日だからか、駅員がいる窓口はどこもかしこも開いていない。
通勤客は皆早足で、これから旅行に行こうとしている観光客に目もくれない。
出航時刻が迫る中、助けを求められる人がおらず、スマホがない状況の心細さに挫けそうになった。
勘にかけて港を目指す
おそらく港の最寄駅に止まる路線に乗ったものの、降りる駅の候補が2つ。
窓から景色を眺めていると、海岸沿いに立ち並ぶ船舶が見えた。
ここで降りれば船に乗れそうだ!と勘にかけて、降車した。
改札を出て、体内時計を頼りに同行者を待つ。
待ち合わせにLINEが使えない不便さを思い知る。スマホがない時間の人たちはどうやって待ち合わせをしていたのか…
来ることを信じて待つしかない。
待つこと15分(体内時計)
同行者が来た!!!
スマホがないと何も出来ない現代人の私が、
なんとか根性で同行者と合流できた。
感動すぎる。本当に辛かった。
スマホを紛失したことを同行者に伝え、
代わりに借りたスマホで各所へ連絡。
なんと心優しい乗客が、
最初のバス停でスマホを拾って届けてくれていた。
このスマホは、旅行後に無事手元に戻ってきた。
デジタルデトックスの旅
無事に出航し、島へ到着。
写真を撮ることが大好きな私は、スマホがないことで気軽に写真を撮れず、落ち込む。
旅程管理や時間確認だけでなく、カメラとしてもスマホに頼りきりだったことに気づく。
同行者が代わりにたくさんの写真を撮ってくれたおかげで、旅の思い出を残すことはできた。
旅行中は全くスマホに触れず、
図らずもデジタルデトックスとなった。
旅館では、部屋に備え付けの旅雑誌を読んだり、
ロビーに置いてある本を手に取った。
部屋から見える景色を眺め、温泉上がりはボーッと何も考えずドライヤーをした。
旅館内を探検し、看板猫と触れ合った。
移動中のバスやタクシーでは窓の外の景色を目に焼き付ける。触れ合った動植物を堪能し、天気の移り変わりや町行く人を眺めた。
これがデジタルデトックスか…
と、心に沁みた。
私は長らくSNS依存であり、常にスマホを携帯し、常にSNSを見ている。
メイク中も、歯磨き中も、入浴中も、ドライヤー中も、エレベーターでの移動中も。
スマホ依存の抜け出し方を調べても、
「一日一時間でもいいので、スマホを見ないようにしましょう♪」と。
無理である。
今回、スマホ紛失という強制イベントが起きたおかげで、デジタルデトックスの良さを知ることができたのである。
あれから半年以上経つが、いまだにスマホ依存からは抜け出せていない。
紛失するのはごめんだが、半ば強制的にスマホを引き離すイベントがないとダメなのかもしれない。
スマホがなければ、
もっと感受性豊かに、有意義に日々を過ごせるのにな。
と思い、このnoteを書いた。
少しずつでもスマホを触る時間を減らしたい。