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モンスターの怖さ

昨日の井上尚弥のダウンには、一瞬日本中が声を失った。
(もちろんそんなことはなくて、これは、「全米が泣いた」と同じ表現だ)
結果的には、あそこでダウンしたことが、その後の挽回につながった。
もし、あそこでよろめきながらも立っていれば、さらにネリの猛攻を受け、もしかするとそこで終わっていたかもしれない。
それこそ、34年前の東京ドームでの大番狂せの再来だ。
あの時ダウンをして、ネリの攻撃を途切れさせたことが勝利につながった。

それにしても、不思議だったのは、その後のネリだ。
山中慎介の試合を思い出すまでもなく、いつものネリなら、あそこから、まるで壊れた機会のように左右のパンチを繰り出していく。
アッパー気味のフックがガードをこじ開け、相手はダウンしか逃げるところがなくなるまで追い詰める。
ところが、昨日はそうではなかった。
もちろん、井上尚弥がうまくクリンチをしたり、パンチを外したりはしていたが、ネリのいつもの怖さははそこになかった。
そしてその後は、リング上で、どんどんネリは小さくなっていった。
それは、もういつもの井上尚弥の対戦相手と同じ姿だった。

これまでの井上尚弥の対戦相手は、ゴングが鳴るまでは、どう見ても井上尚弥の、負けはしなくても苦戦が予想されるような雰囲気を醸し出していた。
前回のタパレス、その前のフルトン、さらには、ドネア、ナルバエス、パヤノ、ロドリゲス等々。
試合前の大口は当たり前としても、体も大きく見えて、スピードもパンチ力も井上尚弥よりも上回っていそうに見える。
リングに登場する時は自信満々だ。
しかし、そんな相手も、ゴングが鳴って井上尚弥と向かい合うと、どんどんおとなしくなってしまう。
そして、たとえクリーンヒットをもらわなくても、貝のようにガードを固めて防戦一方になってしまう。

昨日のネリもそうだった。
彼も何かを、どこかで感じたのだろう。
自分は今とんでもない奴の前に立っていると。
それは、ゴング直後にグローブを軽く合わせた時かもしれない。
井上尚弥の鋭いジャブをかわした時かもしれない。
彼はいつものようにはいかないことを知っていたのではないか。
たとえダウンを奪ったとしても。

モンスターの怖さ、それは試合を見ているだけではわからないのだ。
尚弥はすごいねえ、なんてまるで自分の息子の手柄のように話して、一杯やってるだけの僕たちには、その強さは理解できても、怖さは伝わらない。
それはきっと、リングの上で、その目の前に立ってみないとわからない。
モンスターと戦う者になってみないとわからないのだ。

井上尚弥はこの先、どこまでやれるかは別として、無敗のまま引退したいようだ。
僕は違う。
できれば、最後の1敗で、モンスターの鎧を脱いで引退して欲しい。
もちろん、一発のパンチももらわないファンの勝手な望みだ。
ボクサーなら、誰も負けたくない。
でも、こんなことを考えるのは僕だけだろうか。
そうだろうなあ。

※タイトル画像は、今朝の読売新聞から。

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