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リスクマネジメントとしての内部留保

企業の内部留保。この言葉はどうもネガティブな言葉として認知されているようです。
儲けすぎている、貯め込んでいる、社員や社会に還元していないなどといった文脈で使われることが多いと感じます。貯め込むだけで還元や投資をなにもしないというのは確かにどうかと思いますが、一方で会社に資金的な余力がないというのは、リスクマネジメントから考えたらなんとも心許ない状況です。今回はこのあたりについて考えてみたいと思います。

内部留保とは?

まずは内部留保を整理します。
この言葉には会計用語としての定義はなく、バランスシートの利益剰余金のことを指していると一般的には言われています。いわば通称のような感じでしょうか。
しかしネガティブイメージとなる理由は現預金としてキャッシュで貯め込んでいると思われていることにあるようです。

リスクマネジメントしてキャッシュを貯めておくことは大事ですが、
社員に還元せず、投資も行ずにただ貯め込んでいるだけでは確かに意味がない。

とすると、どれくらいの金額を貯めておけばよいのか?ということをリスクマネジメントとして考えておく必要がありそうです。
会社の事業内容や企業規模、今後の事業計画によって様々だと思いますが、
いざと言う時に何を大事にするかで、キャッシュや資産の残高を考えておくことが大事なのかなと私は思います。

なにをリスクとして捉えるか?

新型コロナの流行は、会社のリスクを考え直す大きなきっかけになったことは皆さんもご存じの通りです。
特に2020年の流行当初は、多くの企業で業務の縮小や停止を余儀なくされました。
売上も利益も激減し、預貯金の取り崩しで生き残らざるを得ない状況でした。
代わりに補助金や助成金制度が設けられましたが、手続きの複雑さや、条件に適応しているかなどが不明確なこともあり(これは時間的、情報的な制約もあったので致し方ない点もあったとは思いますが)行政側も企業側もかなり混乱した状況になりました。

この緊急事態がいつまで続くのかという不安が増す中、
私の会社の場合、頼みの綱となったのが内部留保でした。
逆に言えば内部留保としてキャッシュがあったからこそ自社が生き残ることができたのです。

私の会社の当時の状況を整理します。
通販会社なので、新規顧客獲得を目的とした広告出稿は停止し、リピーターからの受注と定期購入顧客への出荷のみ継続しました。
そのために必要な人員は交代で出社し対応にあたりますが、それ以外の従業員は在宅勤務としました。
元々、一部の社員向けにテレワーク用の試験運用としてのシステムを構築はしていたので、可能な社員は専用PCを持ち帰り在宅勤務。それ以外の社員は実質自宅待機状態となりました。
給料はもちろん規定通り全額支給。パート従業員もみなし勤務扱いとして雇用契約上の賃金を満額支払いました。
そしてその原資はすべて内部留保で対応しました。

雇調金や助成金を活用する方法もあったのですが、実際にはしませんでした。
なぜなら内部留保でなんとかなりそうだったからです。
それらの予算は、もっと困っている企業や自営業の方、個人に使ってもらった方がいいと考えました。
行政の事務処理も大変そうでしたし、お上に資金を頼ることに対してどうも引っかかるものを感じたというのもあります。

結果として無事に持ちこたえることができました。
融資を受けることもなく、自己資金で乗り切ることができたのは、
ひとえに内部留保のおかげです。
助成金の事務処理や銀行とのやり取り、そして事後の処理や返済といったことを一切考えることなく、想定内の現預金の減少で済んだことは、
トップである私自身の精神衛生上においても、業務縮小している中での業務量を最低の負荷で済ますことができたと感じています。
特にトップの精神衛生上の負荷は、企業経営において相当の影響力を与えます。
ましてや私のような意識低い系、ラクしたい系経営者にとって相当なストレスとなるので、
その有難みもまた一層大きかったのです。


長く続く会社という目標から考える

ではなぜ私は、相応の内部留保、と言いますか預貯金を貯めこんでいたのか?をお話ししたいと思います。
元はと言えば、地震災害対策でした。

私の会社の目標は「長く続く会社」です。
「長く続く会社」とは視点を変えれば「お客様から長く必要とされる会社」でもあります。
そしてもうひとつ「従業員が長く働きたいと思う会社」ということもあります。
理念とか存在意義とかも、またそれぞれありますが、
それらを実現していくためにも、まずは「長く続く」ということを目標にしています。

地震国日本で「長く続く」ために何が必要かを考えた結果、
大震災が起きてもつぶれることのない資金、資産をもっておくことが大事になります。
それが内部留保としての現預金でした。

すごくざっくりと言うと、
最低1年、できれば2年は一切の営業を行わずとも全従業員の雇用を確保するため、賃金の支払いをできるキャッシュをもっておくことでした。
復興後にまた全員で業務を再開できる時まで、それぞれが自分たち自身の生活の復興に専念できるようにするためです。
それに加えて、自社ビル(が残っていたとして)の維持費用分、再開後の当面の運転資金や仕入資金なども必要です。

これらに必要な金額は、会社によって様々ですから一概にいくらかが適性かとは言えません。
小さい会社で40名余りの従業員数と小さなビルの規模だったからこそ、可能であった対策とも言えます。
でも、その対策のおかげで、地震ではありませんでしたがコロナ禍という大災害に耐えることができたと私は感じております。

私たちが自力でコロナ禍を乗り越えられたことで、助成金のような公的資金を削らず、その労力を他に必要とする人たちへ振り向けられたのであれば、それもまたひとつの社会貢献になっていたかもしれません。

リスクを社員と共有しておく

内部留保はどれくらいありますか?
といった質問を直接社員から聞かれたことはありません。
しかし災害などがあった場合に、もし地元で発生したら会社は大丈夫かな?といったことくらいは、社員たちは考えることもあったと思います。

そんなことから、前述した災害時の資金的な考えや雇用と賃金に対する考えは、社員たちに伝えていました。
皆に配布している防災マニュアルがあるのですが、その冒頭の文章にも掲載しています。
資金的な細かなところまでは記載していませんが、基本的な考え方は理解してくれていたと思います。
そうした情報の共有が出来ていたことで、今回のコロナ禍に際しても比較的スムーズに対策を実行することができたかなと思っています。

ともするとネガティブイメージで伝えられがちな内部留保ですが、
なにをリスクと考えていて、
そのリスクへの備えとしてどれくらいのお金が必要か、
その備えには自分たちの生活の安全も考慮されているのか、
といったことへの考えを文章化して示しておくこと、
これもリスクマネジメントとしてのひとつのやり方かなと思います。

この考えが共有できていれば、
内部留保とは大災害への備え、つまりは従業員にとっての自分たちの安全のためのもの、
つまりは自分事と考えやすくなります。
そしてこの内部留保を確保し続けるためには、会社が利益を出すこと、出し続けることが不可欠だということのリアリティができます。

内部留保はそれが目的ではなく、なにかを実現するための道具のひとつです。
ただ貯め込むだけではバランスは当然悪くなってしまいますが、
それを使ってなにをどうしていくのか、ということは経営者なら誰もが考えていることのはずです。
私もただ大災害に備えるためだけに準備しているわけでなく、
もちろん会社の発展のための用途も含めて投資や予備と言ったポートフォリオを組むように考えているわけですが、
その中でなにを重要視しているか、そのなにかは従業員にとっても自分事となるかどうか、
という観点で考えるように努めてきました。
特に日本では、大災害は万が一以上の確率で起こることが想定されています。

利益を出してその一定額を内部留保として貯め込むことの大きな理由として、
大災害の際に自分たちが被災者になったときの支えになるものとイメージしてもらうことをイメージしてきたという話です。
従業員の皆にとって自社の利益を作るということが、
より自分事となる切っ掛けのひとつになると思っています。
そしてそういう切っ掛けを多くの経営者の方が丁寧に言葉にしてくれたらと願っています。

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