FM情報誌で育った
本日は、『FM情報誌』について熱量高めに語ります。既に絶滅してしまったものの、『FM情報誌』は、1980年代を音楽好き少年・青年として過ごした私には不可欠なツールでした。
FM情報誌とは?
1980年代に音楽と蜜月関係にあった私にとって、ラジオのFM放送はアーティストについて知ったり、新譜を漁ったりするのには、最も重要な情報源でした。そして、今となっては完全に絶滅してしまったものの、「FM情報誌」は忘れられないツールです。
現代の若い方々は、「FM放送の番組確認」「エアチェック」と言われてもピンとこないかもしれません。しかし私の世代にとって、音楽とはネットからDLしたり、サブスクやYouTubeで手軽に楽しむものではありませんでした。
少ないお小遣いでは、お気に入りのアーティストのアルバムや、チャートで話題になっている楽曲のレコードを片っ端から買い漁ることはできません。音楽の知識の幅を拡げるためには、FMラジオから流れる音源をカセットテープに録音するエアチェックが欠かせない行為だったのです。
FM情報誌は音楽文化を発信していた
FM情報誌の最盛期は、おそらく1980年代だろうと思います。複数の雑誌が鎬を削っていました。
FM情報誌に記載される番組表はどれも同じです。しかしながら、各誌が取り上げるテーマや編集方針は異なっており、それぞれ特徴がありました。私は、最初FMレコパル派で、高校1年生頃にFM STATION派へと鞍替えしました。
FM情報誌には、アーティスト、新譜案内、オーディオやカセットテープの最新ガジェット情報などが詰まっていました。音楽知識の多くの部分は、FM情報誌を通じて学んだと言っても過言ではありません。当時は、隔週に発売される新刊を心待ちにし、発売日には学校帰りに本屋に寄るのが習慣でした。一冊200円台だったと記憶しています。
FMレコパルの思い出
最初に読み始めたFMレコパル(Fレコ)は、4誌の中では大衆寄りで、邦楽よりも洋楽に力を入れていたイメージです。付録のカセットテープ・レーベルやアーティスト名・レーベルも私好みでした。
Fレコには好きな連載企画が二つありました。
一つが、レコパル・ライブ・コミック。 歴史上著名な音楽家、アーティストの半生を毎週読み切り(連載の場合もあり)の漫画で描くものでした。執筆陣は超豪華で、手塚治虫、松本零士、石ノ森章太郎、ジョージ秋山、さいとう・たかを、池上遼一、望月三起也など錚々たる面々が描いていました。(Wikipedia情報)掲載された漫画によって、名前を知ったアーティストも少なくありません。
もう一つは、タケカワユキヒデのMORエッセイです。1981年21号〜1983年13号にわたって連載(Wikipedia情報)され、ほのぼのとしたタッチで読み易かった思い出があります。
FM STATIONの思い出
FM STATION(Fステ)は、最後発の創刊ながら、4誌の中で最も人気と勢いがありました。最盛期には発行部数が50万部を超えていたようです。他の雑誌がA4平綴じだったのに対して、大判のB4サイズの中綴じで、番組検索がし易かったのと、鈴木英人(すずきえいじん)氏のおしゃれな表紙イラストが印象的でした。付録のカセットレーベルもお洒落でした。
Fステは、1980年代の空気感を象徴する雑誌だったと思います。自分の過ぎ去ってしまった青春時代の重要な小道具でもありました。自分の部屋にさりげなく、置いておいてもおしゃれな感じがしていました。
FM情報誌を買わなくなって…
大学生になってアルバイトをするようになると、興味のある音楽を聴くのにレンタルCDを利用できる経済的な余裕ができ、エアチェックはやめてしまいました。そうなると、Fステを買い続ける理由もなくなってしまい、徐々に手に取らなくなっていきました。
今、FM放送で、がっつり音楽だけを楽しませる番組はあるのでしょうか?頭出ししたカセットテープをセットし、デッキのRECボタンに指をかけてお気に入りの楽曲が流れるタイミングを計っていたのが懐かしいです。