A working class hero is something to be. はどう訳す?
英文和訳問題を考える
辞書、スマホ持ち込み可の英語の試験に以下の問題が出されていたら、どう答えますか?
ポイントは、something to be にどんな日本語をあてるかでしょう。問題だけに集中してシンプルに字義通り直訳するだけでいいのなら、「労働者階級の英雄はなるべき何かである」で正解でしょう。
しかしながら、「なるべき何か」ってあまりにもふわっとしています。具体的に何のことなのでしょうか? もう少し掘り下げて考えてみたいところです。
ジョン・レノンの思い
この英文は、ビートルズ解散後の1970年に、ジョン・レノンが発売したアルバム『ジョンの魂』に収められている『ワーキング・クラス・ヒーロー(労働者階級の英雄)』の歌詞の一説です。
問題の somthing to be の解釈には、ワーキング・クラス・ヒーローになれと鼓舞するニュアンスで捉える説、ワーキング・クラス・ヒーローであることは大変しんどいことなんだ、とする説、があります。
『ワーキング・クラス・ヒーロー』は、レノンの代名詞のようなものです。レノン自身は、労働者階級というより中産階級(中の下)の出身だとされています。にもかかわらず、レノンの放っていた価値観や立ち位置が労働者階級の代弁者を担うにふさわしいものだったので、違和感なく受け容れられていたようです。
レノンは、さまざまな権威と伝統、資本主義社会で支配的立場を享受する人間やシステム、に対して抗おうとする人々のシンボルとして認知されていました。その影響力の大きさこそ、アメリカ政府から「支配階級の基盤を揺るがす可能性がある危険な人物」とみなされた理由の一つだと言われます。
何となく沈鬱で重苦しいメロディと痛烈なことばが随所に散りばめられているこの曲の歌詞を読めば、明るい未来を鼓舞するような曲でないことは明白です。労働者階級を抑圧・搾取するブルジョワやその軍門に下ったような中流階級に対して、否定的なメッセージを投げつけようとしていることは確かです。
しかしながら、労働者階級に全面的に肩入れして勇気付けるだけの内容でもありません。「現実を直視しろ」「思考停止でその現実を受け容れるな」「戦い方は間違うな」と言っているように聞こえます。
英国の階級社会の現実
英国では何代にも渡って固定され続ける分厚い階級社会が形成されていると言われます。英国で労働者階級に生まれるということは、単なる貧富の差以上のものを生まれながらにして背負わされることを意味します。高等教育を受ける機会は奪われ、生涯労働者階級に押し込められ続けるという話も聞きます。「英国で労働者階級から成り上がるには、サッカー選手になるか、ロックスターになるかしかない」というのはよく引用される話です。
この曲の最後は、
というフレーズで終わります。「俺についてこい!」と解釈して、レノン自身がワーキング・クラス・ヒーローの役目を背負う覚悟を示したように読むこともできそうです。
ただ、ここまでの解釈から、「絶望的な現実を脱け出す為の自分の例(=ロックスターになる)を示してやるから、俺の真似をしろ」「俺の背中をみろ」といったニュアンスだと考えた方が適切だろうと思います。
ありのままの現実に対し、ジョン・レノンは自分自身の姿勢を誤魔化さず、まともに対峙しようとしています。この和訳に頭を悩ますのは、その迫力を受け止めるのがヘビーだからでしょう。
私はどう解釈するか?
以上を踏まえて私は、
という風に訳したいと思います。現実問題として、たった一人の英雄が出現しただけで、産業革命以降、歴史的に強固に形成されてきた英国の労働者階級が抱える全ての問題を解決できる訳がありません。「たった一人の英雄(=ジョン・レノン)に過剰な期待をしないでくれ」というニュアンスが確実に含まれているように感じます。
レノンの伝統的な英国社会の不条理への怒り、底辺でもがく人々に寄り添いたいという共感の気持ちは本物だったと思います。ただ、「オレが助けてやる、背負ってやる」というのとはどうやら違う。ヒーローは待ち望むものではなくて、自分の力でなるしかないんだよ、現実を知った上で懸命にもがいて成し遂げるものなんだよ、というメッセージであると感じます。