
【バー小説④】何度目かのコスモポリタン
本日は気分良く酔ったので、「下手も横好き」で続けているバー小説を書いてみます。第4回目は、『何度目かのコスモポリタン』です。
本当に久々に創作するので、新鮮な気持ちのままに書き進めます。この作品に偶然出逢ってしまい、興味を抱いて読み始めて下さった方が、最後に思わずニヤりと笑って貰える仕上がりになるよう、工夫して書き進めてみます。
① 気温30℃超えの夕方
季節は既に初夏.... 一年で一番陽が長い6月のこの時期を、男は大層気に入っていた。それは、子供の頃から変わらない嗜好だった。齢50を超えたというのに、子供の頃から変わらない嗜好を思うと、男は不思議な気持ちになり、周囲に気持ち悪い印象を与えないよう行儀よく苦笑してみた。「にしても...... 今日の気温は異常だな....」と呟いた。とめどなく額から滴る汗を、数年前からお気に入りの今治タオルのハンカチで拭った。
「済まんけど、今日はこのまま直帰する。この季節に30℃超えたらお手上げだわ..... 今日の結果は明日専務に報告するから、会社帰ったら議事メモだけ書いてメール入れといてくれるかな?」と本日の社外会議の同行者であり、普段から信頼する部下に声をかけた。
その部下は、「承知しました! もちろん大丈夫です。今日はご同席の御足労、どうもありがとうございました。うまく収められそうな気がします。ありがとうございました! お気をつけて」と同じく汗を拭きながら、もう帰って作業する内容に思いを馳せている。
「本当は、ビールでも飲むか? と言いたいところだけど、すまんな.... そうう気分ではないだろ?議事メモを描き終わったら、早めに帰れよ。じょあまた明日な」「はい、ありがとうございます。では」と部下は地下鉄駅の階段を降りたいった。本日の外出は、珍しく初歩的なミスを起こしてしまい、ここ数日辛そうな様子だったので、男は助け舟を出すつもりで、昨日急遽社外会議に同行することを告げた。自分が来社すると聞けば、向こうのキーマン、昔から戦友として切磋琢磨してきた相手が時間を割いてくれるだろう... という読みがあった。揉め事っぽくなってしまったのは、自分とアイツのミスコミュニケーションが一役買っている自覚があったからだった。論点が共有され、首尾良く纏まりそうになったので、阿吽の呼吸で、会議はお開きにすることにした。ここまでお膳立てしておけば、優秀な部下のことだから、30分以内には終了するだろう..... と読んだ。リズミカルに階段を駆け降りていく姿を、男は頼もしく見守った。
② 黄昏に染まる街
信頼する部下を見送り、左腕の時計に目をやると、16:00を過ぎたあたりであった。『私がここからこのまま家に帰らないことをわかっててリリースしたな..... さすが、出来る奴はそつがない』と思いながら、一駅歩いて虎ノ門駅から銀座線で一駅乗って新橋で下車した。「今の時間なら入れるだろう....』と銀座方面へと歩を進めた。
エレベーターを出て、左を見た。コロナ禍時代は入口にでんと居座っていた消毒液が、今では申し訳なさそうにぽつんと佇んでいるのが見えた。男は、重厚なドアを開けた。時に16:25。
「いらっしゃませ!」久しぶりの声だ。
扉を開けた先にいるオーナーバーテンダーと目が合う。瞬間、マスターはカウンターから飛び出してきた。
「この前はすみませんでした! 折角いらしてくれたのに....」心底申し訳なさそうなトーンで謝罪を受けた。男は軽く右手を上げて、制した。銀座の繁盛店なら、満員で店に入れないことが日常茶飯事なことなど、男は百も承知である。円安で、街には明らかに外国人とわかるお客が顕著に増えている。ほぼ一カ月前の22:00過ぎに立ち寄ったら、全て席が埋まっているのがわかり、退散したのを、オーナーバーテンダーは覚えていたようだ。「流石にプロのバーテンダーだ....」と男は思った。
案内された席(男はこの店の全てのカウンター席を経験済である)から、小窓を通して暮れ始めたオレンジ色の夕日が見えた。男の好きな席だ。
③ フヨウ色のコスモポリタン
男は、今夜の最初に頼む酒は決めていた。
「いかがいたしますか?」 とオーナーバーテンダーがリズミカルに問う? 奥のカウンターには外国人の二人連れが居る。
「コスモポリタンを」
ギムレットハイボールかジントニックを予想していたオーナーバーテンダーは、予期せぬオーダーに一瞬意外な表情を見せたものの、
「かしこまりました!」と定位置へと戻っていった。お弟子さんの一人が、すぐさまカクテルグラスと冷えたフレーバーウォッカの瓶を用意する。男は頼もしく思った。「どんどんいい店になるな...... この店は。なるほど混雑するわけだ」
コスモポリタン 【レシピ】
ウォッカ 30㎖
ホワイトキュラソー 10㎖
クランベリージュース 10㎖
ライムジュース 10㎖
コスモポリタンは、男が20年近く愛飲しているカクテルだった。男が20代の世界を飛び回るビジネスマンに憧れ、ようやくそのスタートラインに立てた頃、このカクテルに出会った。ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ SEX AND THE CITY』で主人公が愛飲するカクテルとして脚光を浴びるかなり前のことである。男は夢を実現し、最近では常連であるこの店でもオーダーすることは少なくなっていた。
「お待たせしました! コスモポリタンです!」

奥の席の外国人二人が一斉に振り返り、溜め息を上げる。「What a Nostalgic!」と聞こえた。男は、そちらに向けてグラスを軽く上げ、美味そうに啜った。「う〜む、期待通り....」 男は満足だった。
明日は明日の風が吹く。「久々に専務とやり合ってみるか... 頑張っているあいつの為にもな。一矢は報いておかないと......」男は拳を強く握ってから、つまみのドライフルーツを摘んで口へ運んだ。
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