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同窓会②

続きものです。こちらからお読みください。
同窓会①

 同窓会の当日の朝。亜沙美は朝一番の新幹線に乗って、中学校時代を過ごした福岡へ向かった。博多から地下鉄で繁華街の天神へ向かった。中学校の3年間しか過ごしていない福岡で、しかも中学生時代に繁華街に行くことはほとんどなかったため、懐かしいという感情は湧くと言うよりも、テレビで芸能人が食べ歩きをしたり、ドラマや映画の撮影が行われたりする街、と言う感情であった。同窓会は昼からである。わざわざ朝早い新幹線で来たのは、中学校に行ってみようと思っていたからだ。
 西鉄大牟田線に乗って約10分。その駅に降り立った亜沙美は、タイムスリップしたかのような感覚に陥った。田舎でもなく、都会でもない、住宅地ではあるにも関わらず、何となく落ち着きのない、そんな町だった。その町が20年経った今でも何も変わらずにそこにあった。何となく古くなったように感じた駅直結のスーパーだが、昔からこのぐらい朽ちていたようにも思えたし、出入りしている主婦たちもあの頃と同じ人のように見えた。駅前のビルに入るテナントもほとんど入れ代わりがなく、よく母が買っていたケーキ屋も同じ場所に同じ顔をして並んでいる。ただ一つガッカリしたのは、学校帰りにこっそり買っていたハンバーガー屋が無くなっていたことだ。大して美味しくないのに、量だけは多いハンバーガー。無愛想で背の高いおじいさんが一人で切り盛りしていて、16時半という中途半端な時間で店を閉める。閉店時間のせいか、その店だけはクラスメイトに遭遇することがなかったところも、亜沙美が気に入っていた理由だ。

 駅前を少しだけ感傷的な気持ちになりながらゆっくりと歩いていた。今改めて考えても、いい思い出なんて一つもないのに、どうしてこんなに胸が鼓動を打って、切ない気持ちになるのだろうと戸惑っていた。やや高台にある中学校への坂道を上っているせいだ、と無理やり言い聞かせて、そう言うときだけ素直になれる自分を少し笑った。

 校舎は改装も増築もされることなく、そこにあった。グラウンドではテニス部が練習に励んでいた。亜沙美は、屋上からその様子を眺めていたことをふと思い出した。この校門を飛び越えて学校に入ったら、もしかしたらあの頃に戻れるかもしれない、そんな錯覚に囚われていた。

 ー戻りたくないくせに。あの頃の自分が大嫌いなくせに。

 人は強く否定するものにこそ、強く惹かれてしまうのかもしれない。亜沙美は後悔が残るその場所で、気分が悪くなり蹲ってしまった。随分長いことそうしていたような気がしたが、実際にはほんの一瞬であった。3回深呼吸をしてからスクっと立ち上がり、また元の道を歩いて駅に向かった。無心でひたすら歩いていると、同窓会会場へたどり着いていた。今から20年ぶりに同級生に会うはずなのに、不思議と何の緊張もなかった。もしかしたら無理やりにでも中学校に行っていたお陰かもしれない、亜沙美は自分をちょっとだけ褒めた。

 カフェのレジ横に設置された受付では、幹事のゆいが張り切って来訪者を迎えていた。亜沙美が前に立つと、ゆいは絶滅危惧植物を目の前にした時のような驚いた顔で「本当に来てくれたんだ~!」と言って喜んだ。左手の薬指に金の指輪、カラコン、内巻きの茶色い毛、おそらくブランドもののワンピース、月一のネイル、亜沙美はざっとゆいの状況を分析したーー金融関係に勤め安定した収入の旦那、未就学の子どもが一人。今日は子どもを近所に住む両親に預け、いつもよりやや着飾って来ているーー。しかし、この分析の答え合わせをするつもりはなかった。

 「席は自由!ほら、座って」

 ゆいは背中を押して早く座るよう促した。テーブルにはすでに7人座っていた。ゆいを含め8人全ての名前と、中学時代の分析結果が亜沙美の頭の中には入っていた。しかし、今座っている7人は、亜沙美の顔を見て至極中途半端な顔をしていた。それはおそらく「誰だっけ」の顔である。もしくは顔は分かるのに名前が思い出せない、それである。その反応は亜沙美の予想通りであったから、何食わぬ顔で空いている端っこの席に座り、会のスタートを待った。

「みんな、お待たせ~」

 ゆいが最後の一人を連れて、テーブルにやってきた。その10人目の同級生を見るや否や、今までの微妙な空気が一変、全員が立ち上がり、高いテンションで出迎えた。

「わー!久しぶりぃ」
「元気にしてたぁ?」
「変わらないねぇ!」

 次々に普通あるべき同窓会の声が響き、亜沙美はここへ来てようやく同窓会らしい空気を吸った。だが、その呼吸を終えた瞬間、今度は呼吸が止まった。

『誰?』

 亜沙美は、目の前にいる同級生に全く見覚えがなかった。なのに、他のメンバーは大歓声で彼女を迎えている。当時転校生はいなかったはずだし、亜沙美も卒業したのだから、知らないクラスメイトはいないはずである。もしかしてこの20年で大変貌を遂げたのだろうか。だとしたら他のメンバーだって戸惑うはずである。しかも「変わらないねぇ」と声を掛けられていたのだから、その予想も成り立たない。

「久しぶり」

 その正体不明の女性は亜沙美に笑顔でそう言った。しかし亜沙美は返事ができなかった。笑顔を返すことも出来なかった。女性はベージュのノースリーブにセットアップのスリムパンツを着ていた。黒く艶がある髪は前下がりのボブにカットされ、キャリアウーマンを思わせた。涼し気な目元、口角の上がった口元、少し焼けた肌。誰からも好感を持たれるタイプの人種だった。他のメンバーと挨拶を交わしているその横顔をじっと見つめても、亜沙美のデータフォルダからはその人物を特定することが出来なかった。
 同級生であるはずの彼女が、亜沙美の目の前にゆっくりと座った。

ー続くー

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