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鑑賞ログ|ダリ、誰?、だり!
先日、ル・コルビュジエ展に行ってきたばかりであるが、上の記事に書いたように、美術館にハマっているので、また行ってきた。
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ
横須賀、と言えば、この曲しか浮かばない。
YouTubeで初めてちゃんとこの曲を聴いたけれど、サビ以外語りで通して、一つのストーリーになっているブッ飛んでてカッチョイイ曲だったとは!
アンタ、あの娘の何なのさ!
さて。
東京に来て7年経つが、横須賀を訪れたことは一度もなかった。
そして、初めて訪れるのが横須賀美術館になろうとはいったい誰が想像できただろうか。
行きは京浜急行浦賀駅からバスに乗り、観音崎で降りて、海岸沿いを歩いて、5分。海を眺めながら美術館に向かうなんて、ステキじゃない。
美術館は森に囲まれた、芝生の小高い丘にあって、ガラス張り。
どこかの国の秘密の研究室めいたその建物へ吸い込まれていく沢山の人々。
それもそのはず。
今行われているのは、知名度が高く、多彩な画家、サルバドール・ダリの企画展
生誕120周年 サルバドール・ダリ ―天才の秘密―
しかも、この日は日曜日で、しかも無料開放日だったのだ。
老若男女、様々な人たちが、ダリを見ようと駆けつけていた。そしてわたしもその一人。入場規制があり、20分ほど待って、入ることができた。
ダリの記憶
20年以上前、20歳そこそこの大学生の頃、友達とヨーロッパ周遊の旅をした。
もちろん貧乏旅行で、友人や(友達の)親戚の家を頼ったり、移動には夜行列車を使ったり、B&Bに泊まったり、今やろうと思っても、肉体的にも精神的にも無理そうな内容だったけれど、それはそれは楽しかった。
ヨーロッパでは美術館が無料だったり、意外と安かったりするので、イギリスやフランス、スペインではよく行った。
どの国のどの美術館で見たか記憶が定かではないが、その旅行中にダリの作品と初対面した。どの作品を観たかも定かではないけれど。
奇妙な絵だなぁ。
とシンプルに思った。
何というか、精神の歪み、みたいなものを感じた覚えがある。
それから時を経て、40代の私。
ダリに、何を思うのか。
ダブルイメージの妙
ダリはシュルレアリスムの代名詞的存在である。
シュルレアリスムとは「超現実主義」と訳される。アンドレ・ブルトン(フランスの詩人)によって始められた運動で、目に見える出来事ではなく、夢や無意識、偶然といった人の意識ではコントロールできない領域を表現しようとする。精神分析学のフロイトから影響を受けていると言われている。
ちなみに去年見に行ったジョルジュ・デ・キリコもシュルレアリストの一人である。
ダリ作品の中で一番有名とも言える、柔らかい時計でおなじみ《記憶の固執》。
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記憶の固執=シュルレアリスム、と言っても過言ではない。まさに、シュルレアリスムのお手本のような、夢や無意識が分かりやすく表現された作品である。
ダリがどこまで何を意図して書いたかは分からないし、専門家の方々がたくさん分析もされていることだろうから、私の見解などどうでもいいのだけど、ちょっとだけ。
ダリは作品にダブルイメージを多用する。原爆のきのこ雲と大木を同じ構図で描いたり《ビキニの3つのスフィンクス》、人間のフレームが後ろの崖と同じ形だったり《アン・ウッドワードの肖像》、騙し絵のような絵がよく見られる。
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時計のイメージである「正確、間違いない、固い」を、敢えて、「柔らかい」ものとして描くという”シャレ”のような、反対の意味のダブルイメージなのではないかと感じた。
Y字の支え棒は心理の現れ?
ダリの作品には、とにかく「支え棒」が頻出する。
「支え棒」で合っているのか分からない、「松葉杖」かもしれない。
初期の作品に多かったようだが、中心となるアイテムやキャラクターのそのほとんどが、Y字棒で支えられているのだ。しかも1本ではなく、複数本で。むしろそっちが主人公かと思うほどの存在感で描かれていることもある。
展示の説明の中で、ダリは父との確執や死の恐怖に囚われていた、という内容があり、そうした不安定な青年期を過ごしたダリが、深層心理的に常に欲していたのが何かしらの『支え』であり、その表れが、松葉杖ではないかと、考えた。
が、そんな単純なものではないようだ。
以下の論文に、かなり詳しい考察があった。
私と同じように「松葉杖」に興味を持ち、研究対象にまでした人がいたとは。神戸大生、さすが。
簡単に内容を説明すると、松葉杖は「(柔らかい)男性器を支える」モチーフらしい。形も色も様々な、時に意味不明の物体が松葉杖に支えられていたのは、そういう意味合いがあったのか!と納得のような、ハテナのような。
美術展のサイトにも
※ダリ展には一部、性的表現を含む作品が展示されています。入場に際して事前にご了承いただきますようお願いいたします。
とコメントがあったのは、この松葉杖のことを指しているわけではないと思うが、人間が生み出すアートにおいて、性的なものを排除することは不可能である。数々のアーティストたちは時にリアルに、時に隠喩的に、その魅力や必然性、暴力性を表現してきたのだ。
ダリは若き日に抱えた、様々な葛藤(特に父に対するもの)を絵にぶつけ、昇華させた。
これは先日行ったルイーズ・ブルジョワにも似たところがある。
時代的に父親は絶対的権力を持っていたし(特に裕福な家庭ほど)、男児に対しての期待も大きかっただろうし、その分苦しめられたことは想像に難くない。ある意味それが、偉大な芸術家ダリを生み出した要素であることは皮肉なものである。
画家の父は毒親多い説、あるのかもしれない。
ヴィーナスの夢、ダリの夢
ダリは1939年ニューヨーク万博のパビリオン「ヴィーナスの夢」を制作した。まるで舞台セットのような外観の建物。
内部は各セクションに分かれており、ダリの作品をモチーフとした立体的なオブジェが飾られ、パフォーマーの女性たちがそこに存在したり、水中を泳いだり、役を演じたりする。
まさにインスタレーションである。
観客はその世界観に入り込み、見て、聞いて、匂って、五感全体で体験を味わう。
もし私が当時このパビリオンに行くことができていたとしたら、こう言うと思う。
何かよく分かんないけど、すごかった。
しかし、ダリの世界は、政治的な世界に邪魔をされる。
万博サイド、出資者たちのいちゃもんが付き、当初の展示やパフォーマンスは変更され、最終的にダリは自分の要素を撤廃するように求めたという。
東京オリンピックのことを思い出してしまう…
アーティストに依頼しておきながら、その創造をぶち壊してしまう人たちはいつの時代にもいる。もちろん政治、お金も含めて色んな理由があるのだろうけど、リスペクトがないよなぁと。
しかしこの「ヴィーナスの夢」に携わったことで、ダリは舞台美術の分野でも活躍することとなり、さらには後のアメリカのポップアートに影響を与えることになったと言われている。
広島県立美術館 研究紀要 第24号 サルバドール・ダリと1939年ニューヨーク万国博覧会 ― パビリオン「ヴィーナスの夢」の位置づけをめぐって 森万由子 より
コルビュジエと言い、やはり偉大なアーティストが行きつく先は万博なのか?
大阪万博はどうなるのか?
抽き出しとヘブンズドア
ダリは絵だけはなく、彫刻作品も数多く残している。
展示の中で、パッと見てクスっと笑ってしまった作品がある。
「引き出しのあるミロのヴィーナス」
お馴染みミロのヴィーナスの胸に2つ、お腹に2つ、おでこに1つ、膝に1つ、引き出しが付けられている。しかもその取って部分はファーで飾り付けられている。なので、ちょうど胸の部分は乳首がファーになっている。
人間にはいろんな引き出しがあるよね。
的なことだと感じた。そのまんま過ぎるから別の意味もありそうだけど。
ミロのヴィーナスをオマージュしてる辺り、リスペクトなのかアイロニックな表現なのか、微妙なラインでもあるが。
人間から「引き出し」が出ているタイプの絵画も多く描かれていて、その絵を見ると、ジョジョの奇妙な冒険、岸辺露伴のヘブンズドアを思わずにはいられなかった。
引き出しを自分で開けて、自分の内面を見るのは何の問題もないけれど、誰かに勝手に開けられていたとしたら…?
フロイトの心理学に心酔していたというダリが描く引き出しにはそんな要素もある気がしたので、ヘブンズドアと重なったのだと思う。
ダリは誰なのか?
ダリは画家で、シュルレアリストで、彫刻家で、舞台美術家で、愛妻家で、ヒゲがトレードマークで、イケメンで、繊細で、ユーモラスで、皮肉屋で、コンプレックスがあって、ナルシストで、自他ともに認める天才である。
ダリはただ一人なんだけど、その実態はつかみどころがなく、あまりにも多彩なゆえに、たくさんいるように感じる。
飄々としているようで、繊細で、傷つきやすい。知らんけど。
そして、たくさんの人に愛されている。
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殻の堅いロブスターは「あらゆる冒涜から身を守ることができる鎧」だそう。ダリにとってガラはロブスターのような存在だったという。
気に入ったのでポストカードを買った。
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