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ルシャナの仏国土 心願成就編 11-15
一一.カルタナのユルケ
惑星市民条約機構の規定では、三年に一度、四月中旬に各国持ち回りで『国際交流会議』を開催することになっている。各国の皇帝たちが開催国に集まるのだ。その年は偶然にも、それがアルリニアで開かれることになっていた。
陽壮帝は、国内を民主化し安定させられたという事に加えて、特にオンネトとアレクセイとの再会を楽しみにしていた。
最初に到着したのは、ウユニのオンネトだ。今回はムームも連れてきた。環境局長官にして、シャンメイの妹でもある。
「アルリニアも、だいぶよく整ったようだな。」
オンネトが満足げに言った。彼の耳には今、精霊たちの喜びの歌が聞こえている。前回までは悲嘆や溜息だった。他国のこと故、口出しは出来なかったが、内心では気を揉んでいたのだ。
「はい。本当によろしゅうございました。しかし、さすがに工業国ですね。わずか三年でここまで成し遂げられるとは。」
ムームは感心していた。怪力や念動力を持つ者たちがいるウユニは別として、機械類を最小限度にしている他国と比べると、作業の速さが格段に違うのだ。
ウユニ皇帝到着の知らせを受けた陽壮帝が、自ら港まで出向いて、オンネトと固く握手を交わしたことは言うまでも無い。
「この度は、誠にお世話になり申した。梅月尼のお陰で、我が国も誠の豊かさに目覚めることが出来たのではないかと存ずる。今までのことが何ともお恥ずかしい限り。今後ともよろしくお願い致す。」
「お役に立てて嬉しい。梅月尼殿は、お元気でおられますかな?」
梅月尼はアルリニア人ではあったが、オンネトにとっても、公船の乗組員だった彼女は自国民同様である。
「はい。我々の宮殿内で説法した後、今は二人の弟子と共に全土を回っております。これからは我が国においても覚者ルシャナ様が説かれた『この上なき喜び』への思いが広まるでしょう。」
オンネトは満足げに頷いて、跪いていたムームを指して言った。
「それは何よりです。実はこの者は梅月尼殿の妹なのです。あとから私が千里眼で探して呼び寄せて会わせてやっても宜しいですかな?」
「そうですか。国外にきょうだいが多くいるとは聞いておりますが・・・。」
陽壮帝はムームを見る。
「環境局長官・ムーム・マヤカカと申します。姉がお世話になっております。」
ライランカのアレクセイは、以前と比べて、髪の色が少し明るくなったような気がした。
「実は、テティス湖で覚者ルシャナ様にお目にかかることが出来たのです。それ以来、この色になりました。我々の髪の色は、やはり強い法力の影響なのでしょう。」
陽壮帝は、梅月尼の法話を思い出した。生きながらにして阿頼耶識に明かりを灯す者たちがいる・・・。アレクセイもその一人なのか。
「ほう・・・。覚者ルシャナ様と?どのような方なのですか?」
「ルシャナ様は仰いました。全く正しい智恵を以て私に近づく者たちを、私は拒まないと。陽壮帝陛下も、きっとお会いになりますよ。」
「私にそれが出来るとお思いですか?」
「はい。」
アレクセイは子供のような笑みを浮かべて、しっかりと頷いた。陽壮帝は、改めて彼の純粋さと確信の強さに心打たれた。
カルタナのレスライン帝は国立オーケストラの一部を伴って来た。その中には、ユルケ・バールケというクラリネット奏者も含まれている。彼女もまた今は亡きヴィクトル・ベッカーの忘れ形見の一人だ。
(遂に成し遂げたのね。おめでとう、シャンメイ・・・。)
覚者ルシャナの母国・カルタナでは、環境設計学を広めるのは容易かった。思想的には覚者ルシャナの教えが脈々と受け継がれていたところへ、ただそれを体系化した環境技術として教えさえすればよかったのだ。ユルケは二十歳の時に建築家のヨハン・バールケと結婚して、二人の息子カスパルとフランツに環境設計学を教え育てた。
そして、息子たちに手がかからなくなると、環境局次長として勤めながら好きなクラリネットを習い始めた。環境設計家としての仕事をおおよそ成し終えると職を辞して、音楽大学に入り、クラリネット部門を主席で卒業した。招かれて国立オーケストラに入団した後、数年の時を経てクラリネット奏者としてレスライン帝と再会した際には、たいそう驚かれたものである。
「『天は二物を与えず』というのは万事ではありませんね。」
「私のわがままでございます。環境設計は息子たちにも教えました。何なりとお申しつけ下さい。」
会議が終わった。その夜の晩餐会後には、カルタナの楽団による演奏会が開かれる。それは国際交流会議を終えた皇帝やその他の人々への労いとして慣習になっているものだ。そして、今回のそれはムームとユルケが再会できるまたとない機会だった。オーケストラに姉の姿を見つけたムームは、公演後オンネトにユルケを紹介した。
「君も環境設計家なのかね?」
「はい。元はそうでしたが、今では息子たちに任せて、かねてからの夢だった音楽の道を歩んでおります。恥ずかしながら遅蒔きの手習いでございます。」
「そうか。しかし、それで国立オーケストラに入れるのだから大したものだ。」
たしか、ムームのきょうだいたちは普通とは違って年がほぼ同じで、もう五十過ぎになるらしい。それにも関わらず新しい分野でトッブクラスにいられるというのは、彼女の音楽的才能も並大抵ではないということだ。好きこそものの上手なれというではないか。
「明日、帰国する前にシャンメイ殿を呼び寄せて会うつもりなのだが、君もどうかね?今では、ライランカのアレクセイ帝陛下も君たちきょうだいの一人になっていると聞く。きょうだいが四人揃うことになる貴重な機会だ。レスライン殿には私から言っておくが?」
「はい。お心遣いありがとうございます。レスライン帝陛下のお許しがございましたら。」
「よし。それでは明日の朝、ムームに君を迎えに行かせる。」
翌朝、オンネトは千里眼でシャンメイ=梅月尼の一行を探し出し、一つの街を出た時を見計らって滞在中のホテルの庭にテレポートさせた。
梅月尼は、目の前の景色が突然変わり、人影が現れたことに驚いたが、それがオンネトとアレクセイ、自分の姉と妹だと判ると、安堵して弟子たちに紹介した。弟子たちは相手がウユニとライランカの皇帝と知ると、跪いて合掌した。
「シャンメイ、いや梅月尼殿、久しいね。環境設計が実現されて、私も嬉しいよ。これまでこの国では精霊たちの悲嘆が聞こえていたからね。」
「いえ。実現されたのは、陽壮帝陛下のお力あってのことでございます。今日は、姉と妹と会わせて下さり、どうもありがとうございます。それにアレクセイ帝陛下まで・・・お久しぶりです。」
梅月尼は合掌して礼を述べた。普段の手紙ではアリョーシャと呼んでいるのだが、他の人々の手前、彼を皇帝として扱わねばならないと思ったのである。
オンネトは、そこら辺を散歩して来ると言ってその場を離れた。無論、それは三人の姉妹とアレクセイを気遣ってのことだ。警護官だった梅月尼の弟子たちも彼のほうについて行った。
部屋には、お茶とお菓子が四人分用意されていた。
「シャンメイ、ようやくアルリニアでの務めが叶ったのね。おめでとう。」
きょうだいだけになった時、ユルケが言った。互いに手紙でのやり取りはしていたものの、シャンメイが他のきょうだいと対面できたのは、実に十二年ぶり、アルリニアで環境設計学を実践するために出家した時以来である。二人は懐かしさに抱き合って泣いた。
「ありがとう、ユルケ姉・・・。」
傍らで見ていたムームもまた、二人の姉に引っ張られて輪の中に入った。涙が出てくる。
「シャンメイ姉・・・ユルケ姉・・・。」
ユルケは、ふと傍らで静かに彼女たちを見守るように立っているアレクセイを見た。すると、それと察した彼のほうから話しかけてきた。
「お久しぶりです、シャンメイ姉。本当の願いが叶って良かったですね。」
「ありがとう。」
シャンメイは、アレクセイをじっと見つめて手を差し出した。アレクセイはその手を握り返し、左手をそっと添えた。
一二.忘れ形見
「それにしても、しまったな。イリーナ姉も連れて来れば良かった。まさかみんながここでこんなに集まるとは思わなかったものだから。」
アレクセイが頭を掻きながら言った。また、この機会に彼女にも梅月尼による環境設計の成果を見せておいてもよかった。
「仕方がないわよ。今回はあくまでもオンネト帝陛下のご厚意だもの。むしろこんな機会を頂けたことに感謝するべきだわ。」
当の梅月尼が諭す。
「そうですね。あとはホルス兄と・・・。」
その時、皆それぞれに面影を辿っていた。凛々しく優しく、そしてただ一人の女性を愛し抜いた長兄の横顔を・・・。
一時間ほどして、オンネトと二人の尼がその場に戻って来た。姉弟はそれぞれ丁重に礼を述べ、再会を約束して散った。
あとには、ユルケとアレクセイが何となく残った。
「あら。貴方はゆっくりしてていいの?」
「僕は帰国を明日にしてあるんです。さっきも言ったけど、皇帝とは不便なもので、移動するとなると大事になるし、行事から行事へと飛び回らなければならない。今回、ようやくアルリニアの内陸部まで見られるようになったのです。見知らぬ景色を見て、少し羽伸ばしをするつもりですよ。」
「そう・・・。だけど、それは表向きね。マコ兄がいたら、きっとこう言うでしょう。君はまだ学び足りないのか、って。」
「ユルケ姉・・・。」
彼は照れくさそうにした。
「アリョーシャ、貴方のことはマコ兄からもかなり詳しく聞いてるわ。ホルスと会ったことも、貴方が過労で寝付いたことも、なかなかお后を探そうとしなかったことも、結婚して子供が二人になったところまでね。」
「ありがとう、ユルケ姉。兄上は、僕にとっても本当の兄のようでした。目標そのものでした。・・・」
アレクセイは目を閉じて俯いた。涙が両頬を伝わる。
「あらあら・・・皇帝陛下が泣いちゃ駄目。でも貴方、よほど強くマコ兄を慕ってくれていたのね。本当にありがとう。」
ユルケはハンカチを出して、まるで小さな子供にそうするかのように、自分より背が高い皇帝の涙を拭いてやった。
「それじゃ、また会いましょう!」
「はい、ユルケ姉。それまでどうかお元気で!」
宿では、レスラインと楽団員達が彼女の帰りを待っていた。
「お待たせして申し訳ありません。ご配慮どうもありがとうございました。」
「良いのよ。せっかくの機会を逃す手はないわ。」
女帝はそこでふふっと笑った。思えば、彼女がアレクセイと初めて会ったのは、彼がライランカに帰化して皇太子になった時だった。それから数えると、もう二十年ほども経とうか。今では誰がどう見ても立派な君主である。
「それでは帰りましょうか。」
「はい。」
帰りの道中で、レスライン女帝は彼女とも親しかったファイーナ姫と、その夫となった男性を思い出していた。本当に仲が良い夫婦というのは、あの二人のことを指すのだろう。その美しい見かけによらず少し甘えん坊だったファイーナ姫が、最愛の夫の胸の中で甘える姿は、同性の友として容易に想像できるほどだった。それにしても、あの彼が各地に散らばる環境設計家の一人だったとは。昨日オンネト帝から事情を聞かされた時は本当に驚いた。
(それにしても、ユルケとクファシル公卿殿下が兄妹だったなんて・・・。) ※作者注
カルタナに帰った国立オーケストラの一団は、翌日からまた次の定期公演の練習に入った。音楽家たちも日々の練習が欠かせない。突き詰めても突き詰めても、それで終わりということはない。スポーツ選手と同じなのだ。
ユルケは、クラリネットを組み立てて、吹き口にリードと呼ばれる竹の小さな板を金具で止める。クラリネットやオーボエは、それを振動させることで音を出す楽器なのである。
そうして、いつもの音合わせが始まろうとした時だ。遅れて入ってきた楽団員が、異国の異常を知らせた。
「何だかカレナルドが大変らしいぞ!内乱が起きたって!」
一同騒然となり、ユルケもその場に立ち尽くした。
(ダン兄・・・・・・!)
―――――――――
※作者注
クファシルとは、ベッカーきょうだいの長兄・マコトがライランカに帰化した後の名。公卿は、女性王族の伴侶を指している。
環境設計家のきょうだいの名をここで整理しておこう。
穀倉地帯・オルニアの マコト(長男) 後にクファシル
森と湖の国・ライランカの イリーナ(長女)
海洋貿易国・カレナルドの ダン(次男) 後にラルフ
音楽の国・カルタナの ユルケ(次女)
砂漠のオアシス・マクタバの ホルス(三男)
科学技術立国・アルリニアの シャンメイ (三女) 後に梅月尼
不可思議の国・ウユニの ムーム「四女)
そこに、ライランカ皇帝アレクセイが末弟として加わった。経緯については「白樺編」を参照されたし。
―――――――
一三.カレナルド内乱
二千年前にマクタバ人カリブ・タサン・ジブーラによって開かれたシャイナニ教は、マクタバと隣国カレナルドに広がり、両国内で厚く信仰されてきた。
それが五八〇年前、新しい国王を定めるにあたって、それまでは緩やかだった慈愛派と契約派とのあいだで対立が激化した。慈愛派は全ては神の慈悲によるので指導者は世襲に限らずともよいと考え、契約派は信仰者は全て神と契約しているのであるから人々を纏めていく者はその神との最初の契約者の一族出身者でなければならないと主張したのだ。
唯一神を崇めることは同じなのに何故異なる解釈が生まれてしまったかについては、元来の部族主義的な社会構造と、古代マクタバ語の特殊な言語体系とが関係していると考えられる。シャイナニ教徒たちにとって聖典を翻訳することは、神の言葉を歪めることと捉えられ、神を冒涜するものだと考えられたために聖典の翻訳は固く禁じられたのだが、現代では、当のマクタバ人でさえ古代マクタバ語を解することは容易ではない。数少ない学者達のそれぞれの意図や思い込みによって、異なる宗派が出来てしまったのである。
惑星市民条約機構で国王制から皇帝制に変わった八十年前の当時は、他国と同じく国王がそのまま皇帝となったが、その皇太子を誰にするかでカレナルド国内は再び揉めた。結局は、宗家一族の中で最も人望の厚かった最年長の王子・フレデリックに落ち着いて、彼がそのまま皇帝に即位していたのだが'・・・。
フレデリックと后サンドラとの間には男の子が出来なかった。そこで、今年二十五歳になる長女レベッカに婿を取らせ、その者を皇太子とするとの通達を出してから国中がおかしくなった。我こそはと思う男たちが、何とかして力尽くでも姫君を籠絡せんとしたり、或いは宗家の分家から幼児を奉って実権を握ろうとする者が現れたりした。
国際交流会議でフレデリックが国を留守にしたのを契機に、彼の方針に従って姫君を守ろうとする皇帝派、分家のわずか四歳の王子デービッドを据えようとする宗家派、そしてそもそも皇帝を国民総選挙で選び直そうという現代派の三つ巴の争いが表面化、内乱となったのである。
帰国した皇帝フレデリックがまず目にしたものは、焼き討ちされた街と血まみれの人々、埋葬されていく犠牲者たち、そして宮殿の変わり果てた姿だった。
「サンドラ!レベッカ!ステラ!」
多くの傷ついた臣下たちと見知らぬ死者たちを掻き分けるようにして、彼は奥へ進む。国際交流会議から付き添ってきた者たちも一緒だった。もしやと思い、私室の一つに入って本棚をずらした。そこは扉になっていて、隠し部屋がある。中に入ると、ひとりの下働きの娘が、ステラの服を着て壁に寄りかかって死んでいた。さらにその横では女性料理人のハリエットがレベッカの服を着て倒れていて、二人の顔は安らかに微笑みながら右を向いていた。その方向には、実は外へと続く隠し階段がある。
「逃がしてくれたのだな。礼を申すぞ、サマンサ、ハリエット・・・。」
フレデリックは軽く頭を下げ、なおも進んで行った。
外務大臣ジョン・クルーガーが灯したろうそくの火を頼りに長くて真っ暗な階段を降りると、そこからすぐに舟で海に出られるようになっている。洞窟は決して短くはないが、もしそのまま海岸まで出られていれば、生き残っている確率は高い。繋がれていたはずの小舟は無くなっていた。
(どこかで生きているんだ・・・!)
フレデリックの顔が仄かに明るくなった。
(しかし、どこに・・・?)
ジョンの声が聞こえた。
「皇帝陛下、ここに何か書かれています!」
ジョンは小舟を繋いであった舫いを指さしていた。
『ご安心を ダン』
「ダン?はて、誰だろう?」
ジョンが言った。それは、フレデリックだけが知っている名だった。
「それはスペンサー環境局長官のことだ。そうか、彼なら安心して任せられる。詳しいことは追々話すが、今は時間がない。普通なら、このような所に文字を書く筈はないから、これは恐らく我が家族達を逃がすときに書いたものなのに違いない。彼を信じよう。
我々は、先ずこの動乱を静めなければならない!皆、私に付いてきてくれるか?」
フレデリックは皇帝として檄を飛ばした。その場にいた者たちは口々に彼に忠誠を誓う。
「無論でございます!今、陛下はご家族を案じられながらも、務めを優先されました。我々の真の皇帝陛下に相違ございません!」
ジョンのこの発言をきっかけに、国際交流使節団の一行七人は強く心を合わせた。
「先ずは、皇帝派と合流しよう。この状態では何も分からぬ。執務室で待っていれば、誰かは来るであろう。その者が何者かは時の運だが。
スペンサーが書き残してくれたこれは、もう用済みだ。敵方に知られぬように削り取っておこう。」
彼らが上に戻って執務室に行くと、見知った顔がいくつか現れた。軽傷を負った警護官たちだ。フレデリックを彼と認めると、一斉に敬礼した。
「皇帝陛下!ご無事で!」
「皆、怪我をしておるのか?今、どのようになっておるのだ?!」
その場で最も役職が高かったアイザック・ケビン警部が代表して報告する。彼は信頼に値する・・・フレデリック一行は、日頃の彼を知っている。生真面目で堅物とも評される彼は、決して裏切る事はなかろう。
「昨日、勤務時間終了直前に何者かが宮殿に火を放ち、襲ってきました。不意を突かれた我々は制圧叶わず、被害はオーキッド内務長官やコーリン文化局長官らを含めて死者五十四人、重傷者百六人、軽傷者九十七人。うち稼働可能な警護官は四十二名であります。今ここに来た警護官はそのうちの十名で見回りに来た者たちです。残りは負傷者のそばに付いております。
皇后陛下と姫様達は行方が判りませんが、恐らくは生きておいでかと。
襲撃者の数人を確保して取り調べましたところ、どうやら宗家派の仕業のようです。姫君の服を着た二人を本物と思ったようで、それで満足して退いていきました。
しかしながら、皇帝陛下がご帰国されてここにおられることはもう敵方にも知れておりましょう。今は、一刻も早くここを離れられますよう、進言いたします!」
彼は一歩後ろに下がり、再び敬礼した。フレデリックは早速指示を出す。
「分かった!報告ご苦労である!また、皆よく守ってくれた!私は直ちにここを離れる。」
彼は紙に何事かを書いて、フットナイフで壁に止めた。それには、こう書かれていた。
『皇帝フレデリックは一旦ここを離れる。伴の他には誰にも行く先を告げぬ。そして、必ず戻って来る。皆、生きてまた会おう!』と。
「アイザック、ここにいる警護官から誰か一人を負傷者の元に走らせてこのことを伝えさせよ!そして、残っている人々を避難させよ!私たちはすぐ出立する!」
「はっ!」
警護官たちは一斉に敬礼した。
皇帝陛下は、ここから動けずに逃がし損ねた者たちがいた場合に備え、彼らが拷問に掛けられることを避けようとしておられるのだ・・・一同は悟った。
フレデリックを始めとする国際交流使節団と、新たに加わったアイザックとその指揮下の警護官八人は、そのまま森を抜け、翌日の夜明け前に皇帝派の勢力圏とされるユース市の入り口まで辿り着いた。
一四.隠れ家
カレナルドに本部を置く海洋警察は、いち早く周囲の異変に対応した。
オルニアの惑星市民条約機構本部に事態を報告するとともに、海洋警察本部があるコンストラクト島ポルテアスル市周辺に緊急事態宣言を出してパトロールを強化したのだ。
その翌日、春野亜矢警視も他の人員と同様に通常の訓練任務から海上パトロールにシフトされた。
(大変なことになったわね・・・。)
そう思いながら海上を見ていると一艘の小舟がこちらに向かって進んでくるのを発見した。男一人と女三人、これといった武装はしていないようだ。男が叫んだ。
「海洋警察の方々とお見受けする!身柄の保護をお願いしたい!私は環境局長官ラルフ・スペンサー!」
たとえ誰であろうとも保護を求めてくる者を無視する訳にはいかない。警察官たちは彼らを巡洋艦に乗せた。その中の女性が言った。
「巡洋艦に乗せて下さって、どうもありがとうございます。宮殿が焼き討ちに遭いました。私たちはこのスペンサー長官に連れられて命からがら逃れて来ました。私は皇后サンドラ。それに娘のレベッカとステラです。」
中年の女性が礼を言った。見れば確かに上質の衣裳を着ている。海上警察官たちは、他にも漂流者がいないかどうかを確認しながら、本部に戻った。
本部では、長官サリム・アマームが四人を招き入れたが、その対応には苦慮する様子を見せた。
「我々はあくまでも中立を通さねばなりません。しかしながら、このまま帰せば危険なのは明らか。どうしたものか・・・。」
彼らに付き添ってきた亜矢が、まだその場にいた。
「長官、それならば一つだけ心当たりがございます。つまりは、いずれの国でもないところにお連れすれば良いのでしょう?」
「どういうことだ?」
「ローズナイトです。この方々にとって、あそこほど安全な所はありますまい。」
ラルフが驚く。
「あなた方は、弟をご存知なのか?!」
その言葉は、亜矢とサリムをかえって驚かせた。サリムは、前任者シオン・マーベラスから亜矢とホルスの経緯を聞いて承知している。
「貴方こそ、キャプテン・ホルスを弟と呼ばれるのか?!この者は彼と浅からぬ縁がありましてな。」
サリムの言葉に亜矢が続ける。
「私は、警察学校で加賀篤史警視正からご指導を受けた者です。元々はマコト・ベッカーというお名前だったそうですが。・・・その後、キャプテン・ホルスにも大変お世話になりました。・・・そうでしたか、貴方がカレナルドの環境設計家・・・。」
「しかし、春野君、そううまくはいかんだろう。キャプテン・ホルスをどうやって呼ぶ気だ?我々は内政干渉は出来んぞ。」
「長官、通信士も時には席を離れることがあるでしょう?たまには二十分くらい。」
亜矢は、サリムに微笑みかけた。彼もニヤッと笑った。
「そうだな。そうかもしれん。」
サリムは亜矢とラルフを伴って通信室に入った。耳打ちされた通信士は、これ見よがしに廊下を走って行った。亜矢が機器を操作する。レーダーで探すと、ローズナイト号は、ちょうどあと二日ほどでこちらに着こうかという近い海域を航行している。
「こちらは海洋警察本部。ローズナイト号、応答せよ。ホルス船長と話したい。オーバー。」
少し待つと、ホルス自身から返事が来た。大らかな声だ。
「こちら、ローズナイト号。キャプテン・ホルス。海洋警察本部、応答されたし。オーバー。」
「キャプテン・ホルス。こちら春野亜矢。貴方のお身内が保護を求めている。カレナルドのポルテアスルまで迎えに来られたし。オーバー。」
「おー、亜矢か。だけど、俺の身内とはどういうことだ?オーバー。」
その時、脇からラルフが声を出した。
「ホルスか!ダンだ。しばらく匿って貰いたい。頼めるか?」
「ダン兄?・・・わかった。急いでそっちに行くぜ。待っててくれ、オーバー。」
通信はそこで終わった。
「貴方は元々ダン様と言われるのですね。それなら誰にも判りますまい。」
亜矢が言った。どうやら環境設計家のきょうだいの幾人かは、何らかの理由で名前が変わっているらしい。たとえ敵対勢力がこのやり取りを傍受していたとしても、何が何やらわからなかったに違いない。
「私は、カレナルドでシャイナニ教の洗礼を受けた時、今のラルフという名になりました。祖国でそのことを知っているのは、洗礼させて養育してくれた亡き司教と、生い立ちをお話し申し上げたフレデリック帝陛下のみなのです。」
ローズナイト号は、なんと翌日の夜九時頃に到着した。おそらく相当飛ばして来たものと思われる。亜矢は私服を着て、四人を伴って海洋警察本部を出た。とりあえず十日間の秘密任務を言い渡されていたのだ。サリムは言った。
「今は非常事態だ。きっと君にしか務まらない事があるに違いない。あとから旦那も行かせる。しっかりやって来い!」
「ありがとうございます、長官・・・。」
入り口が開いて、ホルスが手招きした。五人が中に入ると、彼はすぐに出航を指示した。船が動き出す。
「ダン兄!会いたかったぜ!」
「ホルス、来てくれて有難うな。手数を掛ける。」
「何を言うか、水くせぇ!」
二人は肩を抱き合った。ホルスは亜矢と他の三人に目を向けた。
「久しぶりだな、亜矢。お前も来たのか?」
実は、亜矢は徹と二人でホルスに会いに行ったことがある。結婚式の日、亜矢がクファシルに、是非ともホルスに感謝の意を伝えたいと話したところ、後日クファシルが話し合いの時間と場所を調整してくれた。それ以降、ホルスと彼ら夫婦は伯父と甥・姪の間柄で話すようになっているのだ。
「私は長官から、非常事態ゆえ、秘密裏に動くように命じられています。あとから夫も来ると思います。」
「ほう、あいつもねぇ・・・。それにしてもダン兄が保護を求めて来るとは、尋常じゃねぇな。何が起こってるんだ?」
ホルスは亜矢たちを会議室のような部屋に案内した。彼はそこで初めて、ダン=ラルフからカレナルドに内乱が起こり、皇后と二人の姫君を守りながら海洋警察本部に辿り着いたことを聞かされた。
「さすがに兄貴だ。事情は分かった。ここでよければ、好きなだけ居てくんなぁ。敵さんも、まさか姫さん達が海賊船にいるなんてことは夢にも思わねぇだろう。」
三人の親子は目を丸くした。船に乗りこんだときには真っ暗で全く分からなかったのである。
「か、海賊船?!」
「ラルフ、貴方、私たちをどうする気ですか?!」
三人は各々身構えた。ラルフはその場に跪いて静かに言った。
「どうかご安心下さい。この者はホルスといって、私の弟でございます。海賊といっても、ただ海を駆けているのが好きなだけの男です。この船は無国籍。どの国の支配も及びません。それに、船員達も腕の立つ者ばかりと聞いています。これほど安全な場所はございません。国が収まりましたら、無事にお帰り頂けると存じます。それまで何卒ご辛抱のほどを。」
三人はほっと胸をなで下ろす。
「そうでしたか・・・。一時でも貴方を疑ったことを詫びます。キャプテン・ホルス、と言いましたね。お世話になります。」
ホルスは微笑んだ。
「おうよ、任せとけ!あんたらのことは、俺たちが必ず守ってやる。それに、この婦警さんも強いんだぜ。」
そこへ、ホルスの妻・ノアがティーセットを持って入ってきた。
「女房だ。・・・ノア、こっちは俺の二番目の兄貴でダン。今はラルフというそうだが。それから、彼女たちは大切な客人だ。丁重にもてなしてやってくれ。」
「はい。初めまして、ノアです。」
言葉遣いも身だしなみも、きちっとしている。どうやら本当に信頼できそうだと親子は思った。彼女の案内で船内の階段を降りると、掃除が行き届いた奇麗な廊下に出た。数人の女性や男性、子供たちが行き来している。
「どうぞこちらにご滞在下さい。何かございましたら、廊下にうろうろしている誰かに言っていただければ。それでは、お休みなさい。」
ノアは出て行った。
「彼女は、私たちをまだ知らないのですね。あれは一般市民向けの言葉です。」
レベッカが言った。妹が応える。
「そのほうが良いではありませんか、姉上。それに、亜矢さんといい、キャプテン・ホルスといい、どちらも信じて良い人物のようです。」
その亜矢は、今もその場に付いている。
「ありがとうございます。私は命に代えてもあなた方をお守り致します。それが警察官としての務めでございます故。幸い、私も女子。同じ部屋にて警護する事が可能です。」
一五.緊急首脳会議
惑星市民条約機構の総長・アナスタシア・クロムは、カレナルド内乱の一報が入ると、直ぐさま時空機動隊を召集した。惑星市民条約機構創設当時から秘密裏に構成され、優秀な能力を持つウユニ人たちで維持されてきた特別な組織である。
隊長クリシュナ以下、ラヒドラ、カビーラ、アルシュ、ジーナを始めとする十五人は、外見だけではウユニ人とは判らないが、テレポート、テレキネシス、千里眼、千里耳、読心術、記憶操作、治癒術などを全て兼ね備えている超エリート集団だ。
「いよいよ我々の出番、という訳ですか。できれば、そのようなことはずっと起こらないで欲しかったですがなぁ。」
クリシュナが言った。彼らが動く時は、即ち平和が危うくなる時だからだ。
「とにかく、貴方たちに動いてもらわなければなりません。今日中に事のあらましを掴んで、明日は各国の皇帝たちを訪れ、全てここにテレポートさせて下さい。カレナルドに内乱が起きたことを告げて、緊急会議を行いますからと。」
「了解しました。」
彼らは、早速カレナルド国内にテレポートし、情報収集を始めた。
フレデリック帝の居場所は、ラヒドラが千里眼で見つけ出した。彼は、フレデリック一行の前に跪いて、身分証明章を提示した。
「私は、惑星市民条約機構本部・時空機動隊のラヒドラと申します。陛下をお迎えに参りました。我々は、アナスタシア総長より本日中に情報収集を終わらせ、明日の各国の皇帝陛下たちによる会議に間に合わせるように指示されております。その際に最も大切なことは、フレデリック帝陛下をお連れしておくことです。直ちに陛下を保護致します。お出で頂けますか?」
「無論だとも。・・・そうか、遂に時空機動隊が動いたか・・・。」
他の者たちは時空機動隊の存在を知らなかったので怪しみ、フレデリックを引き止めたが、彼は明日か明後日には帰ると言って、ラヒドラのテレポートに乗った。
「フレデリック帝陛下、ご無事で。」
目を開けると、アナスタシアが立っている。
「アナスタシア殿・・・。この度は誠に申し訳ない。時空機動隊まで動かすことになってしまいましたな。」
「しかし、調べたところ、陛下が娘婿となった者に皇位を譲ると仰った事が発端のようですが、何故そのような危険な通達を出されたのですか?失礼ながら、真意が量りかねます。」
重苦しい空気が漂う。フレデリックはどんよりとした低い声で言った。
「実は、娘レベッカの婿をより広く募りたかったのです。我が国では、女性は家族内で守るべき存在ゆえに公職に就くことはなく、また年長の者が家を継ぐのが慣例。したがって皇位はレベッカの婿に引き継がれることになるのですが、娘は、並の男では扱いかねるので。婿は本当に心の広い、あれの弱点を補い隠してくれるような男でなければならぬのです。
しかしながら、どうやら私の考えは甘かったようです。却って皆の権力欲を煽ってしまった・・・。」
「弱点・・・と仰いますと?」
彼はアナスタシアをじっと見た。
「娘レベッカは、恐ろしく愚かで気位ばかりが高いのです。皇帝の娘として生まれ育ち、周りの者たちが甘やかした結果、全てを見下した考え方や物の言いようをするようになってしまいました。神の前には、人は皆同じだというのに・・・。おそらく心のどこかが欠けている。そのまま何事もなく皇后とするには、あまりにも愚か過ぎて不適切な子なのです。少しだけ試練を与えてみようかと思いまして。」
「そうでしたか・・・。」
「しかし、まさか宮殿ごと襲われるとは。部下が逃がしてくれたようですが、妻子の居場所は今のところ不明・・・。」
しかし、それについてアナスタシアは海洋警察から報告を受けていた。
「陛下、ご家族のことは、どうかご安心下さい。海洋警察がいずれかにお匿い申し上げているそうです。」
「海洋警察?家族を救い出したのは、たしか我が部下の筈ですが・・・。」
「はい、その通りです。そして海におられたところを巡洋艦に拾われ、さらに別の場所に匿われたとの報告を受けました。怪我などもないそうです。」
「よかった・・・。」
「お気持ちはお察ししますが、事態が落ち着くまで、どうかご辛抱下さい。そして明日まではここにてお過ごしを。」
「かたじけない・・・。」
その日の夜遅く、時空機動隊の面々がカレナルド国内の情勢を調べて帰って来た。それによれば、宮殿を焼き討ちした犯人はやはり幼い分家の王子を推す宗家派の中の過激な者たちで、フレデリックの二人の皇女はもう死んだと触れ回り、皇帝派の取り崩しを図っているとのことだ。宗家派に皇帝派が加われば、勢力は現代派を上回る。しかし、皇帝フレデリックはまだ生きており、皇帝派は辛うじてその希望に賭けていた。一方の現代派では、皇帝交代後に行うであろう選挙のあり方について、まだ完全な合意には至っておらず、各派閥が如何にすれば自己の優位を保てるかばかりを議論しているらしい。
「結局のところ、宗家派、皇帝派、現代派の何れも、己が派閥の優位のために動いているのですな。」
クリシュナは、各国皇帝が揃った会議の場でそう締め括った。アナスタシアが発言する。
「そもそも、各国に皇帝を定めてあるのは、そうした権力争いを無くして、恒久平和を維持するためです。その精神が分からぬ者たちに屈する訳には参りません。ここは、やはりフレデリック帝陛下を支援するのが筋かと存じますが。」
「だが、失礼ながらレベッカ姫は適任ではないと、フレデリック帝陛下はお考えのようだ。すると、誰を皇太子とすべきか。そこを決めてからでなければ動けませぬな。」
オンネトが言った。彼もまた他の者たちの心が読める。
「さすがはオンネト帝陛下。私の心を読まれておりますな。
如何にも。レベッカはあまりにも愚か過ぎるのです。あれにはとても皇后などは務まらず、後々内乱の種となりましょう。しかしながら、選挙で立候補してくるような輩は、得てして名誉欲や権力欲に塗れた者が多いことでありましょう。そこが悩ましい。」
アレクセイが言った。
「ならば、フレデリック帝陛下が御自らこれはと思う者を皇太子とお決めになられては如何でしょう。
かく言う私自身、元々はオルニアの樹木医の小倅で、ファイーナ姫に指名されて皇太子となった者。それでもライランカの人々は受け入れてくれています。
フレデリック帝陛下が直接どなたかをご指名されれば、少なくとも皇帝派はそれを受け入れ、世襲を嫌っているであろう現代派も納得がいくでしょう。そして、宗家派・・・ですか、彼らは宮殿を焼き討ちし、多くの人々を殺めました。善良な人々からの支持はとても得られますまい。」
レスライン帝ほかの皇帝たちも、アレクセイと同じ意見で一致した。
「だが、問題は、誰を皇太子とすべきか、またレベッカ姫の将来です。それに確か、フレデリック帝陛下にはもうお一人、姫君がおいでの筈でしたね。」
オルニアの玄洋帝が言った。
「はい。ステラと申します。ステラは、至って普通に育ってくれたようです。もしかしたら、姉のようにはなるまいと思っているのかも知れません。」
一同はしばらく沈黙して考え込んだ。もしもここでステラに婿を取らせてその者を皇太子とすれば、それは姉の面目を潰すことになる。それに現代派も黙ってはいまい。
隣国マクタバの皇帝・シュカルが口を開いた。
「フレデリック帝陛下、我が国は同じシャイナニ教徒。二人の姫君は、それぞれ我が国の然るべき役職の者たちに嫁いで頂くというのは如何でありますかな。姉妹同時ならば当人たちも納得されるかと思うのだが。お二人は焼き討ちの際に亡くなったことになっているとのこと。ちょうど宜しかろう。」
フレデリックは、しばらく考えてその話を承諾した。
「シュカル帝陛下、ご厚意まことにかたじけない。甚だ不束な娘たちですが、何卒よろしくお願い申す。」
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