20230813 久々に500ページ弱ある小説を読み切った「傲慢と善良」
「傲慢と善良」
本屋で何度も見かけたなんとも言えない女性の表情が描かれた表紙の本。
そしてそのタイトル。
気になってはいたが、どんな本なんだろう?
読みたい本たくさんあるしな、で買わなかったモノ。
同期の本好きな友達がInstagramで丁寧にレビューを書いていたコメントを見ると、途端に惹きこまれた。
今の人生にブッ刺さった。
たしか本の帯にも書かれていたコメント。
途端に読みたくなり、残高がわずかな図書カードをその本に使用した。
これはある男女の結婚までに至る壮絶な大恋愛物語。
前半は男性側目線、後半は女性側目線で物語が展開している。
男性側目線の気持ちと、女性側目線の気持ちがそれぞれ描かれているがゆえに、どちらの立場になって考えることもできた。
そして女性側をどこか自分と重ねながら読み進めていた。
今回は、女性側の気持ちを取り上げてコメントを残そうと思う。
今まで両親の機嫌を取るために「いい子」を演じて育ってきた主人公の女性。
ただ、そんな自分は嫌で。
結婚相手まで母親の言うとおりにされそうになった時初めて違和感を感じた主人公女性。
しかし、今まで自分で何事をも決めてきたことがなかったがゆえ、全ての行動に自信がない。
結婚相手に対して自分なりの理想があるにも関わらず、そんな自分も周囲に否定されているかのように思えてきたのだった。
そんな女性の姿を読み進めながら、私の理想ってなんなのか。
私の本当の気持ちとはどんな風なものなのか。
そして私の本性って本当はとても性格が悪いのではないだろうか。
ただ、そんな自分がいたとしても、自分の思うがままに生きてもいいのだなと思えた本だった。
私も幼い頃から、決して心豊かに育った方ではないと思う。
小学生の頃は、母親同士の仲が良いというだけで、性格が合わない子たちと遊ぶ羽目になっていたし、そのおかげさまで見事にハブられた経験もある。
本当に小学生の頃はそんな自分が惨めで嫌だった。
しかし、そんな自分が嫌だったけれど、どこかそんな自分をハブって来る人たちを見下している自分もいた。
「人を人扱いできないこの人たちがかわいそう。」
中学生の頃は、そこそこ成績が良く、上級クラスに上がることができた。
中2から仲良くなった子がいて、その子とは今でも会うような仲だ。
ただ、頻繁に連絡を取り、今の素性を明かすような相手ではない。
なぜなら、結構自分の正解を押し付けるタイプだったからだ。(私も人のことは言えない)
大阪出身だからと言って面白いことが言えるとは限らず、自分は真面目な返ししかできなかった。
「本当に面白くない」と面と向かって言われたときにはさすがに耐えられなかった。
私、他人に面白さを求めたことがないし、面白いという感情は自然と湧くものだから、無理に取り繕う必要ってなんなんだろう。
というか、あなたはいつでも面白いのか?
人をそうやって評価する必要はあったのか。
その資格はどこにあるのか。
なんだかそこからこの子は私を肯定することは一生ないのだなと。
一歩引いてしまっている。
なんで今も仲良く会っているのかわからない。
会ってくれているのかもわからない。
ただ、会っても会っても、この子にだけは本音で話とかできないな
と自然に見下し、自分も評価してしまっている。
母親や妹に対してもそう。
自分の素性を明かすことはあまりなかった。
「それはあなたの考え方が違うのでは」と言われることも多く、
なんだか自分の考えを発信することを辞めてしまった。
別に違うよと言われたいわけではなく、ふーんと聞いてくれるだけでもいいではないか。自分ならそうするけれどもな。
あなたたちは私の何を評価し、違うというのか。
自分たちの正解を押し付けられた気分だった。
そう。ここまで書いていて思うことは一つ。
私は人として肯定されたい想いが強くある。
誰にだってある思いかもしれないが、特に自分は強いのかもしれない。
善良に生きてきたからこそ、人に肯定されることもなく、
もっと上手く生きた方がいいよと回りくどく言われる人生。
なんだか主人公の女性に重ね合わさりすぎて苦しかった。
善良に、素直に生きたら生きづらいのか。
今まで肯定されてこなかったから、人に肯定して欲しいとは傲慢なのだろうか。
生きづらさとはなんだろう。
生きるのってそんなに大変なことなのだろうか。
嘘をついてまで、自分の素性を隠し通してまで生きないといけないのだろうか。
他人と生きるとは大変なことなのだろうか。
そして自分は他人から認められるために生きているのだろうか。
とも思った。
他人から認められたい!と思うと、自分の生きたいようには生きることができない。
そんな人生は嫌で、自分の意志で自分のやりたいと思ったこと、自分の付き合いたいなと思った人、自分の好きなもので埋め尽くす人生が心地いいという結論にたどり着いている。
それだけでは生きることが難しいのかもしれないが、いかにストレスなく生きることができるか。
そのことの方がずっと重要な気がしている。
今は自分と向き合い、自分がどんな背景を持ってどんな性質を持っているのか。
そして本性はどんな人なのか。
自分と向き合っていくのは永遠の課題だなと感じた。
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