📖『針と糸』📖

小川糸さんのエッセイは、一時期すっかりハマって連続で読んでいた時期があったのだが、最近あまり読んでいなかったなと思い出して、以前から気になっていた1冊を読んだ。

読みやすい文体、さらさらとストレスなく読み進められる優しい空気感は、疲れた時に開きたくなるエッセイであり、わたしもこんなふうに軽やかに歩きたいなという憧れも抱かせてくれる。

このエッセイの当時は小川さんはベルリンと東京を行ったり来たりの生活をしていた。コロナ以前の話である。小川さんのエッセイは、旅行記にならない滞在日記というのがいいなといつも思う。旅行記になると、突然物珍しいもの、目新しいものを、際立たせて劇的に書こうとするものが多いように思う。それはそうだろう、非日常の旅行の記録なのだから。小川さんはベルリンにいても「暮らして」いるから、旅旅している感じが一切ない。もちろんベルリンにしかない場所に行ったり、日本では体験できないような話が綴られているのだけれど、観光記録になっていないのは、やっぱりご自身の中で「暮らすように滞在」しているという意識が強いからなのだろうか。

『針と糸』は珍しく、小川さんご自身の苦しかった想いなどが綴られている章が多く、読んでいて重苦しい気持ちになってしまった。けれどもそれもまた小川さんの話なのであって、そこを否定したいわけではない。もちろんそんな苦しい話を書くかどうか、きっと小川さんご自身も相当悩まれたのではないかと勝手に想像する。

どんなに明るく楽しく生きていそうに見える人にも、辛い部分があるだろう。どんなに穏やかに見える人にも、怒りの感情が全くないわけではないだろう。

わたしは常に、自分に正直でありたいと思っているが、自分に嘘をつかないことと、相手にどこまでどのように伝えるか伝えないかを判断することは、ちょっと別次元にあるかもしれないなと最近は思っている。
わたしは、どこかの誰かが、わざわざ時間を使ってわたしの文章を読んでくれたときに、ホッとしたり、幸せな気持ちになったり、安堵したり、何というかわたしの中でのポジティブ方面の原動力になるような何かを受け取ってもらえたらいいなと、今は思っている。
なぜなら最近のわたし自身がそういうものを求めて文章を読んでいるからだ。小説にしてもエッセイにしても、辛い話はしばらくいいかな、と思ってしまっている。絵空事かもしれないし、現実はそんなに甘くないぞと思うには思うけれど、反面現実とは自分自身が作り出している単なる幻想であるという考えも腑に落ちるようになってきてしまい、ならばなるべく楽しい気持ちを維持できるように尽力すれば、人生はどんどん楽しいものになっていくんじゃないだろうかと思っているところなのだ。いろいろな意見はあるとは思うのだけれど、わたしは今、自分も自分の周りの人も、みんながそれぞれにポジティブを維持できるような関係を生み出していきたいなと思っている。理想論、机上の空論と言われるかもしれないけれど、それでもできるところまでやってみたい。

小川さんのこの『針と糸』が出版されたのは2018年。その頃から

日本にいると、お金を使って消費することこそが、幸せになることだと信じ込まされているふしがある。だから、お金を手に入れるために、残業したり、休日出勤したり、時には体を壊してまで、がんばって働く。企業も、あの手この手で、消費者のお財布の中身を狙っている。もちろん、新しい服を買ったり、流行りのレストランに行ったりすることも楽しい。けれど、ベルリンみたいに、お金をかけなくても幸せになる方法というのも、あるんじゃないかと思うのだ。
　遠くから日本を見ると、日本全体が巨大なショッピングモールのように思えてくる。

『針と糸』小川糸（著）p.105

と述べていらっしゃるのだが、これはわたしもとても短いタイへの旅行から帰ってきて強く感じたことがあった。時は流れ2024年。日本でもミニマリストが流行り、断捨離が流行り、持たないことが支持されつつある現在、この感覚は少しでも変わってきているのだろうか。クリスマスと年末年始、消費の魔の手は、今年も「あの手この手」で襲いかかってくる。

さてそんな何かと忙しい12月は、立場は色々違えど、おそらく「人と会う」機会が増える人が多いのではないだろうか。我が家は去年の引っ越しから、来客が多い家になってしまい、正直わたしはとても疲れ果ててしまっている。元々プライベートな時間に人に会うのが苦手な性格で、家はこの世の唯一の安全地帯、わたし自身を休ませられる唯一の場所なのであるが、そこが慌ただしくなると、こんなにも心身に悪影響があるのかと1年挑戦してみてはっきりと気がつくことができた。何事もやってみないうちから否定するのはよろしくないと思い無理をしてがんばってみたが、やっぱり無理ですねということがきちんと判明したので、良かったことにする。来年は、厳選に厳選を重ね、家への来客（わたしにとっては「わたしのこの世の最後の砦」への侵入頻度）について少しわたしの体調への影響を考慮してもらえるように主人にお願いしようと思う。無理なものは無理なのである。わたしが壊れ切る前に止めなくてはいけない。

昨日と一昨日は、ちょっとした体調不良も相まって、家から出ないことに決めた。二日目の昼頃には少し回復してきたのだが、それでもここで無理をして誰かに会ってしまったら、また逆戻りになるなと判断したので断固家から出ずにとことん休息してみた。するとどうだろう、きっちりキラキラに回復したのだ。人に会わないことがこんなにも重要だったとは。

そんな時に読んだ小川さんの本には人に会うリズムについて書かれていた。ベルリンのリズムに合わせて暮らしているという話の中でこんな風に述べていた。

そんなふうに暮らすうちに、少しずつ自分だけのルールができた。まず、平日は人に会わない、予定を入れない、自分の足で歩ける範囲でしか行動しない。その分、金曜日の午後は、打ち合わせやインタビューに当てたり、担当編集者と食事をしたりする時間に当てる。土曜日はプライベートな時間とし、映画を見に行ったり、夫と外食したり、友人を招いて一緒にご飯を食べたりする。日曜日は基本的に家で過ごし、次の一週間を心地よく過ごすため、体のメンテナンスに当てるのである。
　自分だけのルールを作ったら、スムーズに事が運ぶようになった。

『針と糸』小川糸（著）p.12

ベルリンが日曜日になるとほとんどの店が閉まっていて静かになることから編み出された1週間のルーティンのようなのだが、わたしはここまで何曜日と区切ることができなくとも「自分だけのルール」を持つべきなのではなかろうか、と読んでいて思ったのだ。

今の所考えているわたしのルール。
1日人にあったら、次の2日間は誰にも会わないようにする。
これはできる時とできない時があるとは思うのだが、週に2日は最低でも家から一歩も出ない、誰にも会わない日を作らなくてはいけないのでは、と思っている。そうじゃないと、自分が回復しないのだ。若い頃は無理が効いていたが、だんだん無理ができなくなってきているのかもしれないなとも思う。
人に会うと、楽しいけれど、どんな素敵な人と会ってもわたしは疲れ果ててしまう。とにかくとことん内向的な性質を持って生まれてきたようだ。反面、誰にも会わずに家にじっとしていると、ぐんぐん内側から回復してくるのが手に取るようにわかる。多分、若い頃はそれが帰宅後の数時間で回復できたところ、今は2日間ほどかかってしまうようになったということなのだろう。

なんだかとっても生きづらい。それでも自分のことだから自分が自分を大切にしてあげなくて、誰がケアしてくれるというのだ。自分の調子をよく観察し、その年代に合ったケアをこれからも模索していかなくてはいけない。
「自分だけのルール」を来年は見つけていきたい。