私が子供を産まない理由
私と夫の間で「子供はもたない」という考えは一致しています。
夫とお付き合いして割と早い段階でその話になりました。
以前、子供を産みたいと思わない女性もいるということという記事を書きました。
私は生まれ育った家族で、自分が求める愛情を得られず、愛情を渇望して生きて来ました。
それを仕事で埋めようと、心身ともに壊れるまで働いて、愛情の代わりに評価を得ようとするタイプでした。
夫と出会って、「仕事を頑張ることで、得られなかった愛を得ることは不可能だった。無償の愛を与えてくれる人の存在が必要だった。」ということに気づきました。
自分自身が愛で満たされていないのに、子供に愛を注ぐことなんてできないと思っていました。今でもそう思っています。
子供に自分の得たかったものを投影したくないからです。
しかし、本当に愛情が得られなかったから子供を持ちたくないと思っているのか。
それは言い切れない部分がありました。
夫も私もお互いが欲しかった愛情を与えあって生きている。
お互いが愛で満たされない限り、他の存在に愛を注ぐことはできない。
それは本当にその通りだと思います。
しかしそれだけではありませんでした。
「あー。そうだった」
と、腹落ちする瞬間がありました。
子供でいさせて欲しい。
実年齢まもなく39歳。
正真正銘の大人です。
しかし私には子供らしくいられた時代がありません。
いつも両親の顔色を見て、家族が壊れないように上手に立ち回る必要がありました。
そしていつも大人たちの会話を静かに聞いて、大人が喜ぶような振る舞いを心がけて来ました。
大人に好かれるように、両親にめんどくさがられないように…
それがいつしか、自分の意思とは関係なく、勉強や習い事を頑張ることにつながっていました。
やりたくなくても成果が出るまで頑張る。
体調を崩していても這ってでも頑張る。
そんな子供でした。
相手の顔色を伺って、完璧を見せようとしたり、期待に沿おうとしたりするのは、今までお付き合いをしてきた男性の前でも同じでした。
いつもどこか怯えていました。
幻滅されないように、嫌われないように、彼の自慢の彼女になれるように。
夫にも付き合い初めの頃は、「完璧な自分」や「綺麗な自分」を見せようとしていた記憶があります。
夫とのお付き合いや、生活の中で、初めてわがままを言えるようになりましたし、相手の機嫌を伺って気を使うようなことは無くなりました。(夫は私が不機嫌そうだとご機嫌を取ろうとして来ます。笑)
私にとってはやっと安心できる場所ができました。
安全な場所ができました。
発言に怯えることもありません。
自分が思った通りに言葉を発して、感情を出してもいいのです。
外でこう言うことをやっても笑ってくれる夫です。笑
私は子供の頃に子供でいられなかった経験を今埋めていると思います。
家の中では無邪気に笑ったり怒ったりはしゃいだりできます。
私はおそらく「もう十分!」というくらい子供をやり切らないと、自分が親になることはできないんだろうなと感じています。
私に「子供」を存分にやらせてくれる夫に、心から感謝です。