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ほんとうはずっと保育園いきたくなかったの|240802
「ぼくたち、雲の上にいるね」
飛行機の窓から外を見て、4歳の長男が静かに呟いた。機体が少し揺れてもこわがらず、ぐずって泣いたりもしない。一人で座席に座り、気圧に耳がつまればグミを食べて直している。
もう、すっかり一人前の男の子だ。
親になるまで、子どもはもっと幼いと思っていた。何か伝えても理解力はそれほどないし、成長するにつれて忘れてしまうと。
でもそんなことはなかった。全然違った。子どもは、親の表情から言葉以外の気持ちを感じ取っているし、些細なできごとや会話も覚えている。自分の状況もよくわかっている。
「あした保育園に行ったら、次の日からお休みしてママとお出かけしようね」と伝えたとき、長男は目をまるくして「保育園にいかないの?」と言った。
長男にも長男の生活がある。お友だちと会えない日が続くとさみしいかもしれない。前もって伝えられたらよかったのだけど……。さすがに急すぎたかなと思った。
「保育園に行きたい?」
「ううん、いきたくない。でもママおしごといかなくていいの?」
親が仕事だから自分が保育園に行っているのだと、長男が理解していることに気づく。
「8月のあいだ、お仕事を好きな場所でできるようにしたの」
「好きな場所でおしごとなら、りょーちゃんは保育園にいかなくていいの?」
「うん、行かなくてもいいの。ときどき隣でお仕事すると思うけど」
「ほんと?やったあ!」
「やったあ、なの?」
「うん。りょーちゃん、ほんとはずっと保育園にいきたくなかったの」
そうだったのか。
ずっと保育園に行きたくなかったのか。
休み明けの月曜日、いつも以上に余裕がなく甘えん坊になるのは気づいていた。週の後半になると「あした保育園?その次は保育園?次の次はお休み?」と聞いてくることも。
0歳児の頃から通っているから、お友だちも多く、保育園での生活に慣れている。
いろんな体験をさせてもらって楽しく通っていると思っていたけれど、親の都合で「預けられている」ということに、この子はもう気づいていた。
言わないだけで、ほんとうはもっと親と過ごしたかったんだ。長男の気持ちを知って、胸が締めつけられた。冷静に考えて、親の勤務時間よりも長いもんね。そりゃブラックだわ。
だから、この1か月は、たっぷり一緒に過ごすことにしている。夫と話して長男だけを連れてきた。仕事や保育園の時間に急かされることなく、そして次男に気を配らなくてよく、ただただ長男を第一優先にしてあげたい。気持ちに寄り添ってあげたい。
わたしが物思いに耽りながらじっと見ていたからか、長男が「ママ、グミいる?」と持っていたつぶグミをわたしの口に押し込んできた。
笑いながら「何色?」と聞くと、
「むらさき。えっとね……あ、ぶどう味って書いてあるよ」とパッケージを見ながら教えてくれる。
すでに1日目にして、これだけ穏やかな長男なのだ。満たされていると余裕が生まれる。ふとした瞬間に、何度もうれしそうに「ママ大好き」と言って、失敗したときは素直に自分から謝る。普段は聞けないこともたくさん話してくれた。
「保育園で寝るとき、りょーちゃん寝ないんだ。眠くならないから、静かに起きているの。〇〇くんも起きてる。〇〇ちゃんは超特急で寝るんだよ!このあいだ遠くから見ていたらお布団に入ってすぐに寝ていて、りょーちゃん笑っちゃった!」
「ねえ、その荷物りょーちゃんが持っててあげる。かして。あ!ほら、ママの腕にあざ(跡のこと)がついちゃったじゃん!もう〜。荷物いっぱいのときはりょーちゃんにかして。こうやって手で持っていたらよかったのに」
一緒に過ごす時間の中で、ふとしたときに出てくる会話に「らしさ」が表れるのかもしれない。
毎日の業務連絡や申し送りだけじゃ味気ない。夫との関係を見つめ直して、わかったことだった。人との関係なら誰が相手でも同じなんだろう。
小さなマイブーム、実はできるようになったこと、ふと思い出すエピソード、ずっと感じていたこと。
「ほんとは」とか「そういえば」で始まるような会話こそ、愛おしくて、失いたくないものなのかもしれない。
「まもなく、着陸態勢に入ります」
と、機内アナウンスが入った。
長男がもぞもぞと動き、背中をシートにぴったりつける。
「バッチリだね」と言うと、これからの生活に期待たっぷりな声が返ってきた。
「早くおりたい!」