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イギリス在住弁当屋が「かもめ食堂」を見た

かもめ食堂を見た

久しぶりに見ると、おしゃれな映画だった。飲食店を経営している身からすると仕事面はファンタジーで、海外に住んでみている身からしても生活もファンタジーだった。でも、だからこそこの映画が人の心を掴むのだろう。

ファンタジーには心地よさがある。

端々に溢れるノンリアリティー

かもめ食堂は、フィンランドのヘルシンキに日本食の食堂をオープンしたさちえさんの物語。オープンして数ヶ月、お客様がゼロ。はじめての常連客、日本かぶれの青年や、日本からの旅行者みどりさんやまさこさんとの出会い。地元方との交流を通じて、食堂が満席になるまでの物語だ。

まず、想定される実家の太さや収入に対して、さちえさんの計画性のなさにノンリアリティ。生活道具や店の調理用品もファンタジー。メニューに対して不要すぎる鍋が大量にあるなども、美術リアリティゼロ。でも、なんと言うか、本当に、おしゃれ。深く考えるよりも画面上の心地良さを受け流したい。

リアリティより、画面の中の洒落感、ファンタジーを意図的に優先したのだろう。

だけど、ファンタジーみたいなエピソードや出会いは、飲食店にも海外にもあるからそこだけ妙にリアリティを感じたのがおもしろかった。

カウンターは自然光さす舞台

わたしは常々飲食店は舞台なので、どんなに疲れていてもそこでは明るく立ち続けなければ泣かない。と思っている。だから、日々たくさん歩くなり運動するので、主人公かもめ食堂の店主さちえさんが、合気道を取り入れてからだの面倒をみていることには共感できた。何より1番共感できたのは、シスターフッドとコミュニケーション。健やかな人間関係とコミュニケーションを少しおせっかいなくらいで調整するのが、食堂的ちょうど良さ。

さちえさんと違うのは「やりたいことをやっていていいわね」と、旅人のまさこさんに言われた時に返したセリフ。「やりたくないことはやらないだけ」と答えていたところ。わたしはそれは、違うかもしれないなぁと思った。

やりたいことをやるか、やりたくないことをやらないか



わたしはやりたいことのために、やりたくないこともやっている。本当は職能で人を時給でジャッジするのも嫌だし、そもそもお金をもらうのも、嫌だ。基礎価値だけで資本主義に立ち向かいたいけれど、付加価値をつけて高く売らなければ給料も社会保障も払えない。ここはさちえさんと、大きく違うところかもしれない。

最終的にやりたいことは、炊き出しとおせっかい。しかしこれはなかなかの資本か、仕組みが必要で、自分のところの従業員にはお願いできない。わたしは従業員に対しては特権があるので、少しも、事業につながらないことには。

というわけで、いつかの炊き出しに向けてはもっと努力が必要そうなので、2025年はイギリスでも仕事がたくさんできますように!お金の計算はやりたくないけどまぁ、やるか。

かもめ食堂的に生きることはわたしには難しそうだけど、これぞリアル。映画という気持ちの良いファンタジーに没入したあとは、自分らしくもがこう。

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