食中毒シリーズその2:ファラオの呪い
私がnoteに書いている文章の中で最も読まれている記事歴代2位にまで上り詰めてしまった食中毒シリーズ。今回は(症状が)軽めのやつです。
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ぼちぼち色々な国を旅する機会があったけど、その中で一番食べ物がイケてなかった国はどこかと聞かれたら、迷わず「エジプト」と答えるでしょう。
イスラエルで開かれた友人の結婚式に出席したついでに寄ることにしたエジプト。
イスラエルではビーチで飲み騒ぎ、アジア人なのをいいことにユダヤ側にもアラブ側にも出入りしてはあちこちで美味しいものをいただき、結婚式では夜中まで友人達と語り踊り明かし・・やりきった感満載のままカイロに向かった。
数時間のフライトで、雰囲気も空気も言葉も何もかも、全く違う世界へ。
空港のトイレで手を洗おうとすると、無理やりちり紙を渡しバクシーシを要求するオバちゃん達の洗礼を受ける。着いたばかりで小銭を持っていないし、自分でティッシュ持ってるよ!とアピールして逃げようとするも、アラビア語で何か叫びながら、バックパックをがっ!と掴んでくる。ヒ〜〜!
街にでると、ものすごく埃っぽく、ものすごい量の車がいて、うるさいこと限りない。
【塗装しすぎてクズキになっちゃったスズキさん】
こういう感じの古い車が、車線も何も関係なくホコリをたててガンガン走る。一度乗ったタクシーは、5車線の一番右側を走っていたのだが、左折しようと車線変更する時は、4車線を一気に直角に曲がるアクロバット走行!ギャ~!
何故か横断歩道が全然無いので、歩行者は車の前に身を投げ出すように、車の間をすり抜けて歩く。車は、そんな歩行者が「見えていますよ」という合図でクラクションを鳴らしまくる。あまりのうるささに耳が痛くなり中耳炎になりかかった。
【ビデオに撮るとあまり臨場感がなくなるんですが、こんな感じで車の間を人がすり抜けていく様子をご覧ください】
歩いていると通りがかりに触られそうになったり(イスラム圏はこういうのが時々あるのがムカつく)、遺跡に行けば警官が写真とってやるから金よこせと言ってくる。税金がかかるからと、建設を途中でやめたような建物がいっぱい(そして中に人が住んでいる)。とにかく何かあるとバクシーシ。片言でのアラビア語の料金交渉もうまくなってしまった。
いやー何このカオス!イラッとするけど面白い!面白いけどムカつく!っつーか暑い!
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古代からすでに巨大都市の様相だったカイロでは、すでに1000年前から狭い家に人がひしめき合って住んでいて(増築増築のせいで昼間でも暗すぎてコウモリが飛ぶほどすごかったらしい)、キッチンがある家などあまり無かったそう。
【なんとこれフィルムカメラで撮ったw、ターメイヤ屋】
そんな巨大都市では、食事は外から買ってくるのが普通で、グリル肉専門、スープ専門と色々なストリートフードがあったみたい。でも今のエジプトでは、外食はそんなにさかんじゃないとかで、屋台で出ているのも、せいぜいケバブとか、あまりバラエティには富んでいなかった。
しかも旅行者は生水生野菜は食べないほうが良い!とのことだったので、私達はひたすらエジプトのそばめしであるところの「コシャリ」やら、ケバブやら、そら豆を潰して揚げた「ターメイヤ」などを頂き、カフェでコーヒーを飲み水タバコをふかししつつ、暑さをやり過ごしていた。
【水は1リットルなどあっという間に飲んでしまう】
【こういうのに入っているレタスも除けて食べる】
しかしエジプト、暑い、とにかく暑い、死ぬほど暑いけれど冷房は無い。カイロ博物館に行っても冷房があるのはツタンカーメンの部屋だけ(当時)。日本で展示があれば数時間待ちの行列であるが、ここでは子連れの一家がツタンカーメンの黄金のマスクの横で冷房にあたってぐったり昼寝している。
涼みに行きたければ、欧米資本のホテルに行くしか無い。私達は地元経営の宿にずっと泊まっていたけれど、旅も後半になってとうとうたまらなくなり、ちょっと涼みにマリオット・ホテルに入ってしまった。
カイロにあるヒルトンもマリオットも、白い制服を着た観光警察がどばーっといて、入り口にはテロ防止のバリケードやら、空港みたいな荷物チェックがある。中に入れば居心地はいいんだけれど、外の世界から完全に隔離された別世界。コーラなんぞ頼むと街の値段の10倍もする!植民地支配者ってこんな感じだったんだろうかとふと思ってしまう。
しかし冷房にあたってぼーっとしていると、もう自分が一瞬どこにいるかわからなくなってしまう。ホコリも立たず、クラクションの音も聞こえず、英語が通じ、値段交渉もいらない。それでもう気が緩んでしまい、カフェで頼んだサンドイッチにペロッと入っていたレタスを1枚、抜くのをすっかり忘れてしまった。
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はい、来ました〜。
自分の宿に戻ったところで、お腹急降下!
よく言うところの、ファラオの呪い。
アメリカでの外食では良く大当たりしていたが、旅先ではこれが初めて。レタス一枚でこの威力、4000年の歴史をなめてた私が悪かった。
不幸中の幸いだったのは、大当たりした方向が正しい進行方向に沿った一方通行のみだったことと、そこまで盛大な土砂崩れが起こらなかったこと。
しかし小規模な土砂崩れが頻発する合間合間に、なぜか出口近くの通路がシクシク、イヤーな感じで痛むのである。もうこれは新感覚!また土砂崩れが起きるたびに発生する払拭作業により、周囲の地表へのダメージも地味ーに生じ始めてくる。
少し変な歩き方をしながら近くの個人経営の薬局に飛び込み、なんとか説明したら粉になった生理食塩水のもとをくれた。
イスハール、イスハール!
ああ、指差しアラビア語会話、ショクラン!
ファラオの呪い、つい映画に出てくるような派手にミイラがどわーっと襲ってくるところを想像していたが、実際のところはレタス一枚でピンポイントをジワジワ、ジワジワと襲ってくる、かなりねちっこい、質の悪いやつであった。
ちなみに、数年後に小さいチャンが生まれる時の陣痛の中盤が、ちょうどこんな感じのイヤーな痛みであったのを申し添えておく(陣痛なのに💩が出きらないような感じだった)。
・・・それにしても、やっぱり同じものを食べた筈なのに、旦那はまたケロッとしていた。なんで私だけ・・・!!!!
(終)
🚽おまけ🚽
半年以上前に書いたのになぜか最近ジワジワとアクセス数が増え、私のNoteの中で読まれている記事No.1になったのに、どこからアクセスが増えているか全く不明な、エジプトのそばめし「コシャリ」についての記事はこちら。
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