
安和あわ~
猫のマールが、顔をツイツイと撫でている。ハッとして目を覚ますと6時前だった。
どうも疲れが溜まっているようだ。さすがに夜勤の連続は、堪える。
「シッシッ」と手でマールを払うが、彼女にしても、早く出掛けたいのだろう。またもやツイツイと顔を撫でにやって来る。
彼女の偉いのは、爪を立てないことだ。あくまでも、ご主人様の顔は優しくツイツイだ。
今日もよろしくお願いいたします。
脳溢血花野さまよふ母の声
(のういっけつ はなのさまよう ははのこえ)
季語は「花野」です。
脳溢血(くも膜下出血)で倒れた母は、夕食を済ませたら踊りの練習に行く予定でした。
「踊りの練習がある」と言いながら、意識が失くなり、もう二度と、自分の意思で話しができなくなりました。
ただ、母の最期の意思が、秋の草の花が風にそよぐように、母の声が花野をさまよっているみたいでした。
これを可哀想と呼ぶのか、理不尽と呼ぶのか分かりません。よく「どうしてわたしが!」と言う人がいますが、誰にも分かりません。
ただ、第三者である自分たちが悲劇を演じるのではなく、変わってしまった人をそのまま受け止めることが大切なんだと思います。
病気になった人に向かって「可哀想」と言う人がいます。確かに可哀想かも知れません。でも、可哀想な存在になるかどうかは、その本人が決めることだと思います。
わたしの母はくも膜下出血で自我を何処かに置いてきましたが、決して、自分のことを「可哀想そう」とは言いませんでした。
もちろん、脳が壊れているから言えるはずもありませんが。
母の妹たちが、口を揃えて「可哀想そう」と連呼していました。でも、あれは、くも膜下出血になった姉ではなく、そんな病気の姉の持つ、自分たちを憐れむようでした。
「看護師だからそんなことが言えるのよ!」と言われますが、看護師になる前から変わらないわたしです。
稲雀笑みを忘れし惚けた母
(いなすずめ えみをわすれし ぼけたはは)
季語は「稲雀」です。
群れをなして雀がやってきて、稲をついばむ雀たち。案山子や鳥威しを仕掛けても効果がなく、すぐに舞い戻ってきます。
最近はチャッチャと稲刈りもすますので、雀が食べに来ても稲刈りは終わっていますし、田んぼに稲を干す人も減ったので、稲を食べられなくなりました。
脳の壊れた母の顔は、案山子よりも無表情で役に立ちそうもありません。いくらでも雀が寄ってきそうです。
隔離部屋家族川の字春暑し
(かくりべや かぞくかわのじ はるあつし)
季語は「春暑し」です。
これは「暖か」からの関連季語のようです。気温が上がりすぎて、暖かいから汗ばむ暑さとなると「春暑し」です。
密を避けましょうと言われても、密なのが家族というものです。
一家で感染し、一家でホテル療養となると、狭いツインの部屋で川の字になって寝ることになります。
仲良し家族と云えども、これほど四六時中いっしょに居ることはなく、「話す機会が増えました」と言われる家族もいます。
今のところ、喧嘩をしている家族はないですね。でも、そもそも、いっしょに療養生活をできる人しか来ないで、家庭が窮屈な人にとっては難しいのでしょう。
安和駅からの風景です。思ったより海の色が薄くなったので、色を足すと濃くなり過ぎました。それによく見ると、海の中の岩が宙に浮いてます。
下の文字は「ワンマン」です。決して「ワンタン」ではありません。まあ、文字が見えてますので、読み間違えはないでしょう。
では、今日もゆるゆるやりましょう。