第08話:そうか、病気の子供はいないんだ‥‥
2021年、松山英樹がマスターズを制覇しました。
私は日本人がマスターズを取るなんてことは不可能と思っていたので素直に驚いたことを覚えています。そしてその時、テレビで解説をしていたのが中島常幸というのも、なにか感慨深いものでしたね。
中島常幸は1978 年のマスターズで優勝争いをしていましたが、アーメン・コーナー (11 番・12 番・13 番)で13打叩いてしまい、優勝争いから脱落。それ以来、日本人がマスターズで優勝争いをすることすらなかったのですから‥‥。
だからこそ、解説席にいた中島常幸は、同じ日本人の松山英樹がマスターズを制した時、感動は「ひとしお」だったと語っていました。
さて、今日はそんな日本人ゴルファーの話ではなく、マスターズで活躍した「とある」選手のお話をします。その選手は「ロベルト・デ・ビセンゾ」、1923 年生まれのアルゼンチンのプロゴルファーです。
この「 ロベルト・デ・ビセンゾ」は、1967 年全英オープンで優勝するなど世界中のツアーで通算230勝以上を挙げているアルゼンチンの英雄と呼ばれているプロゴルファーでして、私が「世界一カッコいい」と思っているプロゴルファーです。
じゃあ、なんで私はそんな「アルゼンチンの英雄」を「世界一カッコいい」と思ったか? そんなお話を2つ紹介しますね!
まずは1つ目、1968 年「マスターズ」最終日のお話です。
実は、この日、ビゼンゾの45歳の誕生日でした。こういう事が大好きなアメリカ人は「当然」この機会を逃すわけなく、1番ティで誕生日の「盛大」なセレモニーを行います。ほんと「メンタル」が命のスポーツである「ゴルフ」にもかかわらず、アメリカ人はお構いなしなんですよね。ほんと「アメリカ人」って、こういう国民性なんですよねw
そして、そんな「アメリカ国民」が大多数の「観客」は、当然、こんなことを「ビセンゾ」に要求するのです。「誕生日」だから「優勝」してこいとw。当時のスコアは調べてもわからなかったのですが、ビセンゾは、最終組より2組前の組でしたので、当然トップ争いが難しいスコアからのスタートしたことは間違いないと思います。でも、それでも、アメリカ人は「優勝」してこいとか言うんですよね、そんなの「お構いなし」でいうんですよねw
でも、それでも、「それ」に答えるのが「プロ」であって、「英雄」であって、「ビセンゾ」なんですよ。ビセンゾは、1番ホールでチップインイーグルを決めると、2番ホール、3番ホールで連続バーディーを奪い、一気にチャージをかけて優勝争いに加わると、17番でバーディーを奪いトップに並び、そのまま「トップタイ」でホールアウト。その日のスコアは「64」という素晴らしい成績を収めたのでした。
しかしこの後、信じられない悲劇がビセンゾを襲うんです。誕生日だったにもかかわらず、最大級の悲劇がビセンゾを襲うのです。
ゴルフは、何打でホールアウトしたかという成績で争うスポーツなのですが、プロの試合の場合テレビ中継がありますし、大会であればトーナメントボードで各選手の成績を管理していますので、選手が打数を数えてなくても「選手のスコア」は正確にわかるのですが、ゴルフにはちょっとした特殊なルールがあるのです。
その「特殊なルール」とは、一緒に回っている「プレイヤー同士」でスコアをスコアカードに記入しあい、その「スコアカードに記入したスコア」で優劣を争うというものです。
つまり、提出したスコアカードに「誤記」があったとしても、その「スコアカード」に書かれた「スコア」が正式なスコアになってしまうという「ルール」なのです。
勘のいい人なら、もう何が起きたかわかりますよね?
じつはビセンゾの同伴競技者でったトミー・アーロンは、ビセンゾが17番ホールでバーディの「3打」でホールアウトしたにもかかわらず、「4打」とスコアカードに誤記入してビセンゾに渡してしまったのです。そしてビセンゾは、その間違いに気づかずスコアカードにサインし、そのまま大会の事務局に「スコアカード」を提出してしまったのです。
その結果、ビセンゾのスコアは「64」ではなく、間違った成績である「65」になってしまい、それが正式のスコアとなって「優勝」を逃してしまったのです。しかも、ゴルフで最も権威のある大会の一つである「マスターズ」の優勝を「誤記入」によってビセンゾは逃してしまったのです。
こんなことあったら、普通、怒るじゃないですか? 信じられないくらい怒るじゃないですか? しかし、その時ビセンゾが言った言葉は、
「22位という結果は受け入れることができないが、ルールは受け入れる」
だけだったんです。これ、すごくないですか? 誤記入したアーロンに対してまったく非難めいたことを言わないんですよ。メチャクチャかっこよくないですか? でも、これで驚いてはいけないです。次の話の方がもっとカッコいいのです。
ビセンゾがとあるトーナメントで優勝し、表彰式を終えて自宅に帰ろうと駐車場に向かうと、そこに「とある」若い女性が放心状態で立ち尽くしたのです。
ビセンゾは、そのあまりにも「悲痛な表情」を浮かべる女性が心配になり、優しく声をかけ、事情を聴きました。すると女性は静かにこう言ったのです。
「私には病気で死にそうな赤ちゃんがいるのです。しかし、仕事もなく、病院に連れて行くお金がないのです」
と。
その言葉を聞いたビセンゾは女性に大いに同情し、黙って「受け取ったばかりの優勝賞金の小切手」にサインをそて、その女性に「小切手」を渡してしまいます。そうビセンゾは、その女性に「優勝賞金」のすべてを手渡してしまったのです。
これすごくないですか? カッコよくないですか? これだけで「充分」カッコいいのですが、ここで終わらないのがビセンゾなんです。
翌週ゴルフ場でランチを楽しんでいたビセンゾのもとに、プロゴルフ協会の役員が訪ねてきます。そしてビセンゾが小切手を渡した女性に対し「根ほり葉ほり」聞いてくるのです。
そのことを不思議に思ったビセンゾが役員を問いつめると、役員はバツの悪そうにこう答えたのでした。
「君が小切手を渡した女は詐欺罪で捕まった。申し訳ないが、「病気の赤ん坊」などいないんだ。それどころか、彼女は結婚すらしていないんだ」と。
しかしその事実を聞いたビセンゾは取り乱すこともなく、役員に優しくこう尋ねるたのです。
「死にかけている赤ちゃんがいないというのは本当ですか?」と。
そしてその問いを聞いた役員は、気の毒そうに「本当だとも。真っ赤な嘘だよ」と答えるのですが、ビセンゾは、なぜかホッと表情を浮かべて、こう言ったのです。
「そうですか、死にかけている赤ちゃんはいないですか。それは今週一番の良い知らせだ」と。
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