【Mindful】感謝に繋ぎとめるマントラ
庭に面したガラス戸の向こうに、ちょこんと座る「お客様」の姿が見えなくなって数週間になる。
「Coco」と刻まれた小さなプレートを首から下げたその子は、「ミャーン」という、ややソプラノの澄んだ鳴き声も見た目も、我が家に昔居たミッキーに似ていて、私はすぐトリコになった。
道草ルートの庭でリリーンと首輪のスズが鳴ると、転がるように外に出ては、ゴロゴロ喉を鳴らすCocoちゃんを撫でた。が、その「訪問」はある日を境にパタリと途絶えた。
「やっぱり来ーん」と、庭に目をやってはぼやく日が続いたものの、「Coco後」の生活に戻るのはそう難しくなかった。それは、彼女がまだ「非日常」に属する存在だったから。これが、わりと単調な私の生活にすっかり溶け込んだものとなると、違う。心ここにあらずの状態が続き、変わらず私とともに「在り続けてくれる」ものへの認識や感謝まで消えてしまう。
Sarah de Lagardeさんに関する記事を読んだのはそんな時期だった。
Sarahさんは2022年9月、仕事帰りのロンドン地下鉄駅のホームで足を滑らせ、線路に転落した。自力では動けず助けを求めて声を上げたものの、誰にも気づかれなかった15分間に2回も電車に轢かれ、片足と片腕を失う重傷を負われた。
同世代で、私自身ロンドン地下鉄をよく使うこともあり、「自分に起こってもおかしくなかった」、そんな思いで彼女のInstagramの投稿を見るうち、あるインタビュー動画で、目の覚めるような言葉が耳に入ってきた。
「グラスだって持ち上げられるし、ナイフを握って切ることもできる。この間はメロンをカットしたのよ。とってもワクワクしたわ」。
バイオニック義手を装着したことで、日常の動作が可能になった喜びを口にする彼女は、柔らかい笑みを湛えて、こうも言った。
「今は、自分が取れる何気ない一つ一つの動作が大切に思える」と。
貴いと思えるもの、感謝できるものに目を向けられる時、それは不思議と「踏ん張る」力をくれる。Sarahさんの言葉はその時期、私の「マントラ」となり、へこたれそうな自分を戒め、なだめ、奮い立たせるのに十分すぎるほどの力を与えてくれたのである。
※記事で触れたSarahさんのインタビュー動画はこちら:https://bit.ly/3BCegdF