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【Liberation】再び広い場所に立たせてくださる

「あなたは自分の頭で考え出した、狭い路のような未来を語っている。神さまが用意されているのはそんなスケールではない。人生の『舵』は神さまにお返ししないと」。

痛くて苦い言葉だった。国際機関で働きたい、仕事を辞めて留学するつもりだと打ち明けた私に、司祭はさらに言った。

「神はあなたを再び広い場所に立たせてくださったー」のだと。

その数週間前、未来の希望や夢を託したかった関係を私は手放していた。留学は以前から考えていたことだったものの、喪失感で押しつぶされそうな自分を、新たな目標を掲げて鼓舞していたことは否めない。子供の頃からの短絡的なクセだった。それが司祭には見えていたのだろう。

長いこと苦い思いが伴ったこの言葉が、最近、ある出会いを境に、異なる響きを持つようになった。

イングランド東部ノーフォーク(Norfolk)にある巡礼地を訪ねた時のこと。40人ほどを乗せたバスの中、ユーモアたっぷりの車内アナウンスで場を盛り上げる司祭に向かって隣の女性が声を張り上げた。「Father!あなたのお話、スタンダップコメディできるくらい面白いわ!」乗客はこれにまたどっと沸いた。

“Do you know him well?”と私がまず声を掛けたように思う。その長い黒髪の女性と不思議なほど波長が合い、まるで幼なじみと再会して、その間の出来事を報告し合うかのように会話が弾んだ。

インドで代々カトリックを信仰してきた家系に生まれ、ヒンズー教徒とキリスト教徒のコミュニティの分断が激しい地域で育ったこと。幼い頃、ヒンズー教徒の友達と遊んで、赤い印を額につけて帰宅したら「そのおでこを近所の人にみられたのか?」と責められ、恥さらしとこっぴどく叱られたこと。話し上手な彼女のストーリーに夢中で聴き入った。

特に娘さんについて話す彼女の口調と表情には、何か胸に迫るようなものがあった。一心同体となって、溢れんばかりの愛情と希望を注いでこられたであろうことが容易に想像できた。

シンプルなピクニックランチを済ませ、ミサに参加した後、約30分ほどのコースを、他の巡礼者が担ぎ運んでいく聖母子像の後に続いて歩いた。見渡す限り広がる丘陵に、聖母に捧げる巡礼者の歌声と祈りが響いた。

夕闇の中を走るバスで「去年の今頃がとても辛かった」と彼女は静かに言った。ロンドンの大学に進学した娘さんが、初めて親元を離れ寮生活を始めた時期だった。「あの子は人生のすべてを分かち合ってくれた。私の希望だったー」。そう言って声を詰まらせた。

数日経って彼女のことを想っていると、あの言葉が心に浮かんだ。


「神は今、あなたを再び広い場所に立たせてくださっているー」。


希望や夢が離れていったように感じられても、あなたがその人を愛するように、あなたを愛する神さまは、新たな可能性が拡がった人生のステージで、あなたがさらなる喜びに満たされて生きるよう望んでおられるー。

痛く苦かった言葉に、ようやくそんな響きを感じられたのは、彼女との出会いとともに与えられた、巡礼の恵みだったように思う。

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