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EUが農業戦略を見直しか

欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は9月13日、施政方針を説明する毎年恒例の一般教書演説を行いました。委員長はこの中で「農家とより多くの対話が必要で、対立は避けたい。農業の将来に関する戦略的な対話を始めたい」と述べ、農業界が反対する「ファーム・トゥー・フォーク(F2F、農場から食卓まで)戦略」を見直す可能性を示唆しました。F2F戦略は、持続可能な農業の実現に向け、次世代農業の国際標準とすることを狙ったものですが、農薬使用量の半減など非現実的との批判が根強いのが現状です。戦略を見直すことになれば、EUに追随してきた日本も再検討を迫られる可能性があります。

フォンデアライエン氏は、ドイツの労働・社会相や国防相などを経て、2019年7月に女性初の欧州委員長に選出され、同年12月に就任しました。任期は5年です。二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロとする「欧州グリーンディール」を就任直後の2019年12月に公表し、このうち農業・食料分野を対象としたF2F戦略を2020年5月に打ち出しました。

F2F戦略は生物多様性戦略と同時に公表されました。欧州グリーンディールの実現に向け、2030年までに①農薬の使用量を50%削減する②化学肥料の使用量を20%削減する③畜産や養殖での抗菌性物質の販売を50%削減する③有機農業の生産面積を全農地の25%に拡大する④農地の10%を自然に戻す―といった野心的な内容が盛り込まれました。農業の生産性向上より環境保全など持続可能性向上を重視しているのが特徴です。

欧州の環境団体の意向を強く反映しており、農業界は当初から否定的な反応を示してきました。EU最大の農業団体コパ・コジェカは、F2F戦略に基づいて環境規制を一気に強めれば、「食料安全保障や農業の競争力、農業所得を脅かすことになる」として、反対の姿勢を堅持しています。具体的にどんな影響が生じるのか、まずはEU当局が試算を示すよう強く求めています。F2F戦略の公表から1年後の2021年5月には、コパ・コジェカなど約30の農業団体は「包括的な影響評価が行われておらず、われわれは一周年を祝うことはない」との共同声明を出し、改めて批判しました。

米農務省(USDA)も2020年11月、「EUの農業生産は12%減少する」と異例の分析リポートを公表し、EUを強くけん制しています。仮にF2Fが世界全体で実施されれば、「世界の農業生産は11%減少し、食料価格は89%上昇し、1億8500万人が食料不安に新たに直面する」と指摘しています。

ある国の政府が他の国・地域の農業政策の影響をわざわざ試算し、公表するのは異例です。米国では主要作物のトウモロコシや大豆では遺伝子組み換え(GM)が9割以上を占めますが、GM作物は有機農業に含まれません。EUが有機農業の拡大を打ち出したことは、GM技術を積極的に活用する米国型農業の否定とも受け取れるだけに、米政府はF2F戦略に強い関心を持っています。コパ・コジェカはUSDAの試算について、「食料不足に直面し、価格上昇を招きかねないことが示された」として、理解を示しています。

一方、日本の農林水産省は2021年5月、「みどりの食料システム戦略」を公表しました。これは、2050年までに①農薬の使用量を50%削減する②化学肥料の使用量を30%削減する③有機農業の生産面積を全農地の25%に拡大する―といった内容で、F2F戦略に追随した内容となっています。次世代農業をめぐって米欧の路線の違いが鮮明となる中、日本は欧州側についたと言えます。

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ウクライナ産農産物の輸入に支障が生じたことから、EUでも食料安全保障への関心が高まっています。こうした中で、域内の農業生産を減らす可能性が強いとして、F2Fへの逆風は強まっています。

フォンデアライエン委員長は2期目を目指すとの観測もありますが、1期目の一般教書演説としては今回が最後になります。委員長は演説で、EUの自然を守らなければならないと強調する一方、「自然と調和した食料安全保障は、依然として極めて重要な課題だ」との認識も示しました。その上で、「食料を日々われわれに供給してもらっていることについて、農家に感謝の意を表したい」と述べました。

演説するフォンデアライエン欧州委員長=欧州議会ウェブサイトより

フォンデアライエン氏はさらに、「われわれは、より多くの対話が必要で、対立は避けなければならない。だからこそ、われわれは将来のEU農業について、戦略的な対話を始めたい」と語り、F2F戦略に反発している農業界との溝を埋める考えを示しました。また、「農業と自然の保護は両立できると私は信じている。われわれにはその両方が必要だ」と訴えました。

これを受け、コパ・コジェカは9月13日の声明で、委員長が「より多くの対話が必要で、対立は避けなければならない」と述べたことについて、「これはわれわれが何カ月も前から伝えてきたメッセージだ」と評価しています。さらに、「われわれは『戦略的な対話』を歓迎し、貢献する用意がある」とした上で、「戦略的な対話が、欧州グリーンディールの分析から始まることを希望する」と表明しました。

これは、欧州グリーンディールの一環として策定されたF2Fを改めて分析し、必要に応じて見直すことを示唆していると思われます。欧州メディア「EURACTIV」は「『戦略的な対話』の詳細は不明だが、少なくともF2Fの一時停止のボタンを押す1つの方法だと多くのコメンテーターの目には映った」と解説しました。

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