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EU議会が農薬半減法案を否決 農業戦略に打撃

欧州連合(EU)の欧州議会は2023年11月22日、2030年までに農薬使用量を半減させる法案を否決しました。EUの農業・食料政策「ファーム・トゥー・フォーク(農場から食卓まで、F2F)戦略」の実現を後押しする非常に重要な法案でしたが、ドイツのバイエルなど農薬業界のロビー活動が奏功したようです。F2F戦略への反対が依然として大きいことが浮き彫りとなり、大きな打撃となります。
 
採決では、賛成が299票、反対が207票で,棄権が121票に上りました。法案審議を主導してきたサラ・ウィーナー議員(緑の党)は記者会見で、環境や農業にとって「暗黒の日」になり、環境と公衆衛生の保護にとって「痛恨の一撃」になったと指摘しました。さらに、「欧州議会の議員の大多数は、子供や地球の健康より、大規模農業の利益を優先させた。持続可能な農薬使用に関する新たな規制は行われないだろう」と表明しました。

記者会見するサラ・ウィーナー欧州議員(左、欧州議会ウェブサイトより)

欧州委員会が2020年5月に発表したF2F戦略は、2030年までに①農薬の使用量を50%削減②化学肥料の使用量を20%削減③農薬や化学肥料を使わない有機農業の面積を全農地の25%に拡大④畜産と養殖で抗生物質の使用を50%削減―などの目標を掲げています。2050年までにEU域内の温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「欧州グリーンディール」の一環として、環境に配慮した持続可能な農業・食料システムを作り上げることを狙っています。
 
F2F戦略の実効性を高めるため、欧州委員会は2022年6月、2030年までに農薬使用量を半減させる具体策を盛り込んだ「植物保護製品(農薬)の持続可能な使用規制(SUR)」法案を欧州議会に提出しました。各国ごとの農薬削減目標の設定や、総合的病害虫・雑草管理(IPM)の導入、公園や緑地での農薬使用禁止などが盛り込まれました。
  
これに対し、欧州議会の最大会派である中道右派の欧州人民党(EPP)など、右派やリベラル派の議員らが反対に回りました。欧州統一左派・北欧緑左派同盟(GUE/NGL)は法案否決を受けて声明を出し、「EPPやリベラル派、極右が手を組んで、農薬削減法案を阻止した」と批判した上で、「左派グループは、毒のない農業や環境のために戦い続ける」と表明しました。右派の支持を得るために妥協が行われた結果、法案が骨抜きになり、緑の党の議員も反対に回りました。
 
左派グループは「右派は明らかに農薬業界と手を組んでいる。(法案否決で)利益を受けるのは、バイエルやBASFのような毒物製造企業だけだ」と指摘しました。法案に反対する企業・団体はロビー活動としてこの1年間で1500万ユーロ(約24億円)を拠出したとして、「農薬業界の積極的なロビー活動は成功を収めている」と主張しています。
 
ロビー活動に取り組んだ企業・団体名として、バイエルとBASF、両社に加えコルテバ・アグリサイエンスやシンジェンタなども加盟する農薬業界団体クロップライフ・ヨーロッパ、種子業界団体ユーロシーズ、穀物生産者団体COCERAL、テンサイ生産者団体CIBE、砂糖生産者団体CEFS、CIBEとCEFEとトウモロコシ生産者団体CEPMでつくるアグリカルチャー&プログレス、シンクタンクのファームヨーロッパを挙げています。
 
EPPは、農薬半減法案について、緑の党や中道左派の社会民主進歩同盟(S&D)による「欧州の食料生産を減少させる過激なアプローチ」だと批判し、反対したと表明しました。妥協案を探ったものの、「左派政党は極端な主張を続けた」ため、否決という結果になったと説明しています。
 
その上で、「EPPは欧州の食料生産を減少させたり、農家の生産を妨げるような措置を支持しない。農家に農業をさせよう」と訴えています。「農薬の大幅削減に向かう前に、適切な代替案を見つけなければならない。われわれは植物保護製品の削減を望んでいるが、欧州の食料生産が危うくなったり、食料価格がさらに高くなったり、農家が農業をやめてしまうような結果になってはいけない」と強調しています。
 
F2F戦略に当初から反対しているEU最大の農業団体コパ・コジェカは「欧州委員会のイデオロギー的なアプローチが無効になった」と法案否決を歓迎しました。「欧州の農家は環境の持続可能性を向上させ続けていく」として、農薬の使用削減に取り組む姿勢を示しつつ。「現実的な目標と支援が必要だ」と主張しています。その上で、フォンデアライエン欧州委員長が9月に言及した「農家との戦略的対話」が「かつてないほど重要になった」と指摘し、F2F戦略の見直しに期待を示しています。
 
法案が骨抜きになったことが不満で反対に回った緑の党は「業界のロビー活動に後押しされた右派勢力が、法案の重要部分を弱体化させることに成功した。結局、支持するには十分な内容ではなかった」と説明しました。当初案に盛り込まれた農薬使用の禁止地域から、幼稚園や学校、病院、老人ホームが除外されたほか、IPMの義務化も見送られたということです。
 
緑の党によると、右派と極右勢力の議員のほか、S&Dや中道リベラル派の欧州刷新の一部議員も法案に反対しました。これらの議員は農薬使用の半減を「やり過ぎだ」と批判する一方、緑の党は「内容が不十分だ」と批判しており、合意形成の難しさが浮き彫りになっています。
 
緑の党は「法案の目的は2030年までに化学農薬の使用量を半減させることだが、IPMに関する拘束力のある規則やモニタリングがなければ、単なるグリーンウォッシュ(環境に配慮しているふり)に過ぎない。良心に照らして賛成できる内容ではなかった」と釈明しています。
 
環境団体は当然ながら法案否決を批判しています。農薬行動ネットワーク(PAN)ヨーロッパは「グリーンディールは死んだ」との見解を発表しました。「法案はEUの市民と生態系を農薬の毒性から守るため、緊急で不可欠なものだった」とした上で、「支持されなかったことは、グリーンディールと公益に対する激しい攻撃だ。欧州の民主主義にとって悲しい日となった」と指摘しました。
  
フレンズ・オブ・ジ・アースは「重要な農薬削減法案に対し、保守派の欧州議員が最後の一撃を加えた。生物多様性の危機に取り組み、長期的な食料安全保障を確保し、人々の健康を守る提案がなくなり、振り出しに戻ってしまった」と表明しました。その上で、「いつになったら政策決定者は目を覚まし、市民より有害な産業の利益を選ぶことをやめるのだろうか」と嘆いています。

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