
EUがゲノム編集作物の規制緩和へ
欧州連合(EU)の欧州委員会は2023年7月5日、ゲノム編集作物に対する規制を緩和する方針を表明しました。遺伝子組み換え(GM)作物のように安全性などで厳しいリスク評価を求めることなく、従来からの作物と同じ扱いとする内容です。先行する米国や日本などとほぼ同じ内容となります。ゲノム編集技術に関し、干ばつに強いとか栄養価が高いといった作物を効率的に開発でき、メリットが大きいとして、推進する姿勢を鮮明にしました。
温室効果ガスの排出を半減させる「欧州グリーンディール」や、「ファーム・トゥー・フォーク(農場から食卓まで)戦略」の実現のための手段と位置づけており、ゲノム編集を農業のグリーン化技術ととらえているのが特徴です。米国や日本はこうしたとらえ方はしていないので、EU独自と言えます。
今後、加盟国の首脳らでつくる欧州理事会や、欧州議会の承認を得られれば、実行に移されることになります。欧州最大の農業団体「コパ・コジェカ」など農業界は歓迎しており、賛成が多数を占めているようですが、一部の環境団体などは反対しているので、論争は続きそうです。
EUでは、最高裁に当たる欧州司法裁判所は2018年7月、ゲノム編集技術はGM技術と実質的に変わりはないとして、GMと同じように厳しく規制すべきだとの判断を示しました。これにより、2001年に導入されたGM規制に基づき、安全性などで厳しい審査をクリアする必要があり、時間も金も掛かることから、商品化に向けた動きはストップしていました。
しかし、米国や日本がGMと異なり緩い規制にとどめ、推進する姿勢を鮮明にしたほか、EUを離脱した英国も規制を緩和したことから、EUの農業界や種子業界などで規制緩和を求める意見が強まっていました。欧州委員会は現行の規制内容の抜本的な見直しを検討してきました。
新たな規制案によると、ゲノム編集など新ゲノム技術(NGT)による作物を2つのカテゴリーに分けます。自然界で起こる突然変異や従来育種と変わりがないものであれば、「カテゴリー1」としてGM規制の対象外となります。ゲノム編集のクリスパー・キャスなどはここに入ります。外来遺伝子を導入するなど、複雑な遺伝子操作を加えるものは「カテゴリー2」として、リスク評価などでGMと同じ規制が課されることになります。いずれのカテゴリーでも、当局への届け出は義務付けられ、オーガニック(有機)食品とは認められません。
欧州委員会のティマーマンス副委員長は記者会見で、ゲノム編集などNGTについて、「従来の品種改良と同じことが、より早く、正確に、効率的にできるようになる」と説明しました。ゲノム編集作物はオーガニックとは認められないことも明言しています。ゲノム編集のメリットとしては、「化学農薬を減らせる新しく強靱な作物や、気候変動により適応できる作物を農家が得られるようになる」と説明しました。
コパ・コジェカは欧州委員会の対応を歓迎する声明を出し、「品種改良がスピードアップし、気候変動などの課題に直面する欧州の農家が優れた品種を入手しやすくなる」と期待を寄せています。規制緩和を求めてきた欧州の種子会社でつくるユーロシーズも歓迎する声明を出しました。
これに対し、環境NGOフレンズ・オブ・ジ・アース・ヨーロッパは「欧州委員会は、市民の権利を守るのでなく、長期にわたる大企業のキャンペーンに屈しようとしている」と批判しています。この団体は反GMですが、ゲノム編集を「新たなGM」に過ぎないと主張し、GMと同じように厳しく規制するよう訴えてきました。ゲノム編集にはGMのような表示義務や安全性のチェックがなされないとして、「作物や食品に『新たなGM」が含まれるかどうかが分からなくなり、透明性が失われる」と指摘しています。