「トレド水危機」から9年、改善は道半ば
米中西部のオハイオ州トレド市で水道水の使用が数日間にわたって禁止された「トレド水危機」から9年が経過しました。これは、2014年8月、主に肥料など農業からの排水によって五大湖の一つであるエリー湖が汚染され、富栄養化によって有毒アオコが大量に発生したのが原因だと指摘されています。農業界は厳しい批判を浴びて対策を迫られましたが、今年もエリー湖の汚染は続いており、改善は道半ばであることが浮き彫りになりました。持続可能な農業の実現に向け、農業界の対応が問われています。
地元メディアによると、トレド水危機は2014年8月2日に発生しました。エリー湖の西岸に位置するトレド市はこの日未明、有毒アオコの発生によって水源が汚染され、浄水場の処理能力を超えたとして、「水道水を飲まないように」という異例の通知を行いました。沸騰しても効果はないということで、シャワーの使用も控えるよう呼び掛けました。
対象はトレド市周辺の約40万人に上り、地元では大きな混乱が生じました。レストランは臨時休業を迫られ、当局はペットボトルの水を住民に無料で配布するといった対応に追われ、オハイオ州は非常事態宣言を出しました。テレビや新聞はこうした状況を「トレド水危機」として全米に大々的に報道しました。エリー湖ではないものの、同じ五大湖の一つであるミシガン湖を飲用水の水源とするイリノイ州シカゴ市が緊急の水質検査を行って安全宣言を行うなど、周辺の自治体も対応を迫られました。
富栄養化とは、家庭や工場、農業からの排水に含まれる窒素やリンが湖沼や海に流れ込み、水に含まれる栄養分が通常より多くなることで、植物プランクトンであるアオコの大量発生につながります。日本でもたびたび起こっています。エリー湖でもアオコが夏に発生することが多くなり、2014年には毒性が強いミクロシスチンを生産するアオコが大発生しました。
この原因として指摘されたのが、オハイオ州のトウモロコシや大豆などの農家です。オハイオ州は「コーンベルト」と呼ばれる米国の穀倉地帯の東側に位置し、農業が盛んな地域です。これらの農家が肥料として窒素やリンを農地に散布しすぎたため、農地に吸収されず、エリー湖西岸に注ぐモーミー川に流出し、エリー湖の富栄養化を招いたということです。農家は「肥料を使いすぎだ」と批判され、使用削減を求められました。
その後、農家を対象に肥料散布の研修が行われたり、浄水場を改修したり、エリー湖のアオコの発生状況を監視するようにしたりと、さまざまな対策が講じられてきました。この結果、水道水が使えなくなる事態は起こらなくなりましたが、エリー湖ではその後もアオコは発生し続けています。
米海洋大気局(NOAA)は2023年6月29日、今年夏のエリー湖西岸での有毒アオコの発生は平年以下との予測を発表しました。汚染の深刻度としては3(2~4.5)で、前年の6.8を下回ります。2011年は10、2015年は10.5だったということです。今年は、春に降雨が少なかったため、エリー湖に流入した肥料が少なかったのが理由とされています。
しかし、地元メディアによると、地元の郡保健当局は8月9日、エリー湖西岸のモーミー湾で有毒アオコが安全基準を上回ったとして、モーミー湾の公園での遊泳を禁じることを決定しました。ペットを含め、水に触れないよう呼び掛けています。
トレド市のウェイド・カプスキウィッチ市長はトレド水危機から9年を振り返る声明で「オハイオ州は、有毒アオコを生み出す農業排水からエリー湖を守るために必要な常識的な措置を取ることをいまだに拒んでいる」と表明し、州の対応は不十分だとして批判しています。「だからこそ、湖水の問題がいまだに存在する」として、9年経った今でも解決は道半ばとの認識を強調しました。肥料の使用削減を農家に義務付ける強制措置を求める声も以前に上がりましたが、農業界の反対で見送られたことに不満をにじませました。
一方で市長は、5億ドルを投じて浄水場を改修したことを挙げ、「トレドにはもはや飲料水の問題は存在しない。トレドの飲料水は全米でトップクラスになった。だから、私はペットボトルの水を買わず、水道水を飲んでいる」と表明しました。動きの鈍いオハイオ州や農業界に不満を抱きつつも、水道水の安全性をアピールしています。
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