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青天の霹靂

前回記事を書いてからもうだいぶ時が経ってしまった(やっぱり)。

母とともにボロ船で大海原へいざ出航して、いつのまにか丸2年が経っていた。
畑しながら、気分転換に髪の毛の色をチョコチョコ変えたり、近所の大好きなインドカレー屋さんで土日のランチだけバイトしたり、タバコ吸いながら狭いキッチンで料理して、玄関にたくさんの観葉植物たちがどんどん増えていく、お母さんと暮らす日々。
そりゃたまには
あぁ......私が思っていたよりハードな航海ではないか.....とボーゼンとしてしまう日もあったけど、それなりにごきげんにやっていた。

それは私の日常に突然やってきた。

2回目の冬を無事越して(年末年始は母とともにコロナ感染!) 2023春を迎えた頃、今まで乗っていたボロ&ボコなケイバンを手放して、新しく譲り受ける車を取りに家から1時間の場所に行った日のことだった。

桜が満開だった



新しい車でルンルンで帰宅し、デイサービスから帰ってきた母をちょうど迎えたとき電話が鳴った。
一週間前に受診したレディースクリニックからだった。今すぐ来るようにと言われて 何かあったことを察し恐怖で震えつつも急いで母を叔母のところにお願いしてクリニックに行った。
ついさっきまでルンルンで乗ってた車に乗って。

子宮頸癌です。
しかも腺癌です、って。
どうやら初期の初期でもないらしい。
大きな病院を紹介するから明日にでも、すぐに行って精密検査を受けるように。
そして治療することになるだろうからお母さんのことは一旦施設なり家族にお願いして自分のことに専念するように、と。

手が震えて、身体中から体温がなくなっていった。目の前が真っ白になって、自分だけ異空間に飛ばされてしまったような、突然今まで見てた景色が違うものに感じられた。
青い空も満開の桜も新しい車のことも
ぜんぶぜんぶ霞んでしまうほど。
こういうのって青天の霹靂って言っていいんじゃないだろうか。


その日の夜は母を預かってもらってひとりで過ごした。
なんで?と思う気持ち、周りに申し訳ない気持ち...
ボーゼンとして......真冬のように寒くて震えた。
治療するって言ったって、情けないことにここ数年介護介護で自分の稼ぎがなく、貯金もなかったため 奈良で再婚して暮らしている父に助けてもらおうと電話して伝えることにした。
できるだけサッパリと明るい声を出して。
こういうことがとっても得意な自分に気がついた。

寝たのか寝てないのかよくわからないまま朝を迎えて そしてふと思いついて自撮りした。
外は、春。ふと思った。
いい季節に病気が発覚したもんだなぁ〜と。
外はどんどん暖かくなる。
落ち込んでるけど でもでも、どうにかするしかないもんねぇ。

起こることには全て意味があるし
この事も私に必要なことだから起こることだし なんだっていつだってもがきながらも自分の糧にしてきたじゃないか。
なのにどうしてもふとした時にいきなり涙出る。
お母さん見ても、ワンコみても、今年咲かなそうな芍薬の鉢を見ても。
そして今も。

しょうがないよね〜

そんな今年の春でした。


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