見出し画像

自由に動かせる椅子で、“自分の場所”を。 パリの公園とカンヌの遊歩道

フランスのまちで、動かせるベンチを何度か見た。ベンチというより椅子といった方が正しいかもしれない。風に飛ばされないくらいの重さはあるが、持ち運べるくらいには軽い。それを自由に動かして、好きな場所、好きな方向に置いて座る。

使い終わったら、どこかに戻す必要はない。そのままにして後にする。そうして誰かが置き去った椅子を、次にやってきた人が移動したりしなかったりしてまた座る。

椅子の置き場をカスタマイズできるっていい。そのときどきの日差しや風向き、自分の気分などに沿って位置や角度を決められる。公の場所でありながら、“自分(たち)だけの場所”が生まれる。

動かせる椅子があったのは、いずれも憩いの場だった。観光地であり、住人の生活の場でもある、感じのいい遊歩道や公園だ。それらを紹介する。

美しく、文化的なパリの公園

パリは都会だけど、時代の先頭を競って忙しなく走り続けているようなまちではない。高層ビルはほとんどなく、かつての王宮や教会など歴史ある建物が点在しているから、流れている時間に厚みがある。広い公園がいくつもあり、ベンチはもちろん動かせる椅子が多く利用されている。

例えばパリ6区にある「リュクサンブール公園」。15世紀に建設されたリュクサンブール宮殿の庭園を一般に開放していて、パリ市民の憩いの場であり観光名所になっている。

噴水や芝生の周りを囲むように置かれた動かせる椅子。よく見ると直角に座るタイプと、背もたれが高くやや倒れているタイプの2種類がある。

並木道のエリアにも、ベンチがたくさん

リュクサンブール公園は、面積が22ヘクタールと日比谷公園よりも広く、パリ最大級の公園のひとつ。宮殿前の写真がよくガイド本に載っているけど、並木道や果樹園、子供の遊び場など、エリアがたくさんある。散策していると至るところにベンチや椅子が置かれていて「ここでくつろいでいいんだ」とわかる。

ところかわって、こちらはパリ最古の庭園「チェイルリー公園」。ルーブル美術館とコンコルド広場の間という絶好の場所にあるだけあって、この人の多さ。
以下の記事によると、動かせる椅子は1760年にこのチェイルリー公園から始まったそう。なんと当初は有料だったとか。それが先ほどのリュクサンブール公園に広がり、「リュクサンブール椅子」という名でパリの公園の定番となっていった。

こちらは、ルーブル美術館からほど近い歴史的建造物「パレ・ロワイアル」の庭園。ここでもやっぱり動かせる椅子(リュクサンブール椅子)が使われていた。
パレ・ロワイアルのサイトで、いかにもフランスらしい素敵な取り組みの記事を見つけた。

2016年から、アーティストが園内の椅子やベンチの背もたれに詩の一節を刻むプロジェクトが行われており、2024年にはQRコードから詩の朗読を聞ける12脚の椅子が加わったそう。
まるで短編映画のような紹介動画も見つけた。

さすが芸術の都パリ。ベンチに座るなにげない時間が、心に豊かさをもたらすことを教えてくれる。

南仏カンヌの、海をあおぐ遊歩道

もう一箇所まちを紹介する。パリから900キロほど南下したところにあり、映画祭で知られるカンヌ。地中海に面した人口7万人ほどのまちで、旧市街の狭い路地を歩くと、昔はのどかな港町だったことがうかがえる。いまでは毎年5月の映画祭の時期になると、世界中からセレブが集まるリゾート地だ。

動かせる椅子があったのは、カンヌ映画祭の会場となる 「パレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレ」から、約3km海岸に沿って続く「クロワゼット通り」。

ビーチに下りられる広い遊歩道と、植物を隔てて車道がある。カンヌの目抜き通りで、車道の向こう側には高級ブランドのブティックが並ぶ。この遊歩道に、海と同じ鮮やかなブルーの色をした動かせるベンチが数えきれないほど置かれている。

目の前には地中海が広がる絶好のロケーション。「好みのスポットで、あなたらしい美しいひとときを」そんなメッセージを感じる。

海に向かってひとり黄昏れる人、

複数人でおしゃべりする人、

動く椅子を使って、みな思い思いに過ごしていた。

同じ道でも、位置によって変わる条件

こちらは人通りの少ない朝の時間帯。街路樹が日陰を生み出していて、強い日差しを避けてそこに座る人がいた。
もし日差しを浴びたければ、ビーチ側に椅子を運べばいいし、サンドウィッチなどを食べるならゴミ箱の近くが便利だ。
同じ遊歩道でも、過ごし方によって適した位置が違うから、それに合わせて数メートル椅子を動かす。または、既に誰かがちょうどいい場所に置いた椅子を選ぶ。便利だ。

面白いことに、車道側に置かれた椅子は、背もたれをブロックや植木鉢などにくっつけていることが多かった。背後に車が走っていては、落ち着かないからだろう。

クロワゼット通りでは、みなリラックスして過ごしていて、滞在時間も長そうだった。動かせる椅子があったことで、カンヌは多くの人に開かれた開放的なまち、という印象を受けた。

日本でも・・・

日本にもこの動かせるベンチがあるといいな、と思うが、見たことはない。
盗まれたり悪用される懸念があるし、台風などの暴風に耐えられるかも心配だ。置かれない理由はすぐに浮かぶし、そもそも知られていないのかもしれない。知られていたとしても、取り入れようと思う人が業界にどれくらいいるのだろう。

そんななか、近畿大学のキャパスで使われているという情報を、以下の記事から得た。手がけたのは、建築デザイン会社E-DESIGNだという。

建築デザイン会社E-DESIGNのHPより

それにしても、記事に登場する近畿大学の鈴木毅先生が研究している「居方(いかた)」にすごく共感。

「たとえば、散歩途中でベンチに腰かける。そこに他人がやってきて、場所と時間を共有する。歩く人同士がすれ違っていくときよりも、お互いの存在が影響し合う……

こうした、他人同士が直接会話をするわけではないけど、『居合わせる』時に生まれるゆるい関係性・認識にもうちょっと光をあてたいんです。

ですから僕は、建築計画学の中でも特に『居方(いかた)』を研究しています。これは簡単に言うと『人がその場所にどう居られるか』『その時、周囲にどういう関係が生まれるか』ということです。」(鈴木先生)

Kindai Picks「座るだけじゃない!?公園や駅にある「公共ベンチ」の役割を環境行動学から考える」

私がベンチの写真を撮りながら追っている、言語化しにくい何かも、この居方に関係しているように感じる。いつか取材させてもらいたいな。

日本にも、動かせる椅子の置かれた居心地のいい場所が増えることを願いつつ、今日はこの辺で。



いいなと思ったら応援しよう!