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【紫式部日記】秋のけはひ/土御門邸の秋(内容意訳・原文・解説)

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今回は紫式部日記より、「秋のけはひ」(土御門邸の秋)のお話です。


紫式部日記とは

紫式部日記は、源氏物語の作者・紫式部によって書かれた日記です。
個人的な日記ではなく、仕事として書かれた公的な記録になります。
紫式部が中宮彰子に仕えていた頃、彰子の父であり紫式部の雇い主でもある藤原道長に依頼されて書かれたのが紫式部日記だと言われています。

紫式部日記には主に、中宮彰子の出産と、生まれた皇子の成長にまつわる祝い事の様子が記されています。
そして「消息体部分」と呼ばれる手紙のような記事が挟まります。
清少納言たち女房を批評する有名な記事は、この「消息体部分」になります。

「秋のけはひ」は、彰子の出産に関しての部分になります。
では、原文を読んでいきましょう。

原文「秋のけはひ」

 秋のけはひ入り立つままに、土御門殿のありさま、言はむ方なくをかし。池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空も艶なるにもてはやされて、不断の御読経の声々、あはれまさりけり。やうやう涼しき風のけはひに、例の絶えせぬ水のおとなひ、夜もすがら聞きまがはさる。

 御前にも、近う候ふ人々、はかなき物語するを聞こし召しつつ、なやましうおはしますべかめるを、さりげなくもて隠させ給へる御ありさまなどの、いとさらなることなれど、憂き世の慰めには、かかる御前をこそ訪ね参るべかりけれと、うつし心をばひきたがへ、たとしへなくよろづ忘らるるも、かつはあやし。

紫式部日記

語句

土御門殿

藤原道長の邸宅。
この時、道長の娘の彰子は出産のため里帰りしていました。

遣水

庭に導き入れるように作った水の流れのこと。

不断の御読経

僧侶たちが絶え間なく経を読むこと。
ここでは彰子の安産を祈願しています。

御前

ここでは紫式部の主人である中宮彰子のこと。

意訳

秋の気配が深まるにつれて、土御門殿の様子は何とも言いようがないほど趣深い。
池のあたりの梢や、遣水のほとりの草むらが、それぞれに色づいて、一帯の空も美しい。

それらに引き立てられて、僧侶たちの絶え間ない御読経の声も風情がある。
次第に、涼しい風の気配に、いつもの絶えることのない水の音が夜通し聞こえて、何の音か判別がつかない。

彰子様には、お付きの女房たちがとりとめのない話をしている。
それをお聞きになりながら彰子様は、出産が近くご体調がすぐれないだろうに、そんなそぶりは見せない。
そのご様子は今更言うまでもない。

つらい人生の癒しのためには、このような方にこそお仕えするべきなのだ。
そう考える私は普段の心とは打って変わって、
比べようがないほど多くのことを忘れられるのも、一方では不思議なことだ。

鑑賞・解説

この「秋のけはひ」で始まる記事は、紫式部日記の冒頭にあたります。
実は、今では失われているけれどこれより前に別の記事があり、「秋のけはひ」は冒頭ではない、という説もあるようですが、今回はこれが冒頭と考えて話を進めていきます。

この中には、紫式部日記で紫式部が伝えたいことの全てが詰まっているように感じられます。

まず、土御門殿の素晴らしさ。
栄華を極めていた道長を引き立てて、人々だけでなく自然までもが彰子の安産を願っていた、というのです。

紫式部日記は、彰子の夫・一条天皇が愛してやまない定子のサロンに対抗するために書かれた、というのが有力な説です。

この時すでに定子は亡くなっていましたが、定子に仕えた清少納言が書いた枕草子の影響もあり、宮中にはまだ定子を懐かしむ人が多かったようです。
そこで白羽の矢が立ったのが紫式部だった、ということです。
そもそも紫式部は、源氏物語の流行によってその文才を認められ、彰子の女房に選ばれたという経緯があります。

紫式部日記は、道長と彰子一家のことを持ち上げるために書かれた、と考えられます。

もちろん政治的な目的が強いことは確かですが、実際はそれだけではなく、
紫式部は本当に彰子のことを尊敬していたようです。
彰子も紫式部には心を開いていて、ただの主人と女房という関係以上に親しかったことがわかっています。
彰子は個人的に紫式部に家庭教師を依頼しています。

紫式部は、女房として生きることに常に後ろ向きな気持ちを持っていたようです。
自分に宮仕えは合わない、と紫式部日記の中で度々不満を漏らしています。
そんな紫式部が、彰子に仕えることこそが人生の癒しだと言っています。
彰子のためなら、いつもの自分のネガティブな感情を忘れられるというのです。
これって最上級の褒め言葉ですよね。

この「秋のけはひ」は、紫式部日記の冒頭に相応しい記事なのではないかと僕は思っています。


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【引用・参考】
紫式部 山本淳子訳注「紫式部日記 現代語訳付き」角川ソフィア文庫

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