【祈】
今朝、母から連絡があった。
『もう長くないかもしれない。会いに来るなら今だよ。』
命の灯火が消えかけているのは、私の大切な家族、ミニチュアダックスフンドのそらちゃん。
私が中学二年生の頃から共に過ごした、大事な大事な、小さな家族。
そらは、急に我が家にやってきた。
ある日の午前中、ピンポーンとドアホンが鳴って、『ドア開けて!!!』と大きな声で妹から頼まれた。ドアくらい自分で開けなよと思いながら言う通りドアを開けると、妹が両手で大きなダンボールを抱えていた。
『なにそれ?』
『犬。』
犬???????????
いや、犬飼うとか言ってた?飼いたいとは言ってたけど、でもお母さんがあかんって言うてたやん。
犬???????
訳がわからないままダンボールを開けると、中には手のひらサイズの小さな茶色い塊が不安げにダンボールの隅っこに座っていた。
・・・・・・犬だ。
私と母は絶句していた。
『パパが誕生日プレゼントで買ってくれた。』
買ってくれたて。命をプレゼントてどないやねんと、中2ながらに思った。買うの先には飼うがある。だれがお世話するって、結局お母さんがすることになるのが目に見えてるやん。
そんなことを思いながらでも、正直、そらちゃんの訪れは私にとって嬉しいことだった。私だってずっと犬を飼いたかったから。だから、これから先に訪れる『責任』よりも、ただひたすらに『可愛い』という事実に浸っていた。あまりにも可愛かった。母は怒っていたけれど。
そらは赤ちゃんの頃から身体は強い方ではなかった。家族になってすぐ身体を壊し、まだ家にきてたったの1週間だというのに、『3日もたないかもしれない』と、病院の先生に言われた。
家にきたばかりなのにあんまりだと。まだペットを飼うことに積極的でなかった母も、泣きながら毎日そらに寄り添った。何度下痢をしようと、何度でも綺麗におしりを拭いてあげていた。頑張ろうねと声をかけていた。『死ぬのが辛いから犬は飼いたくない』。そう言っていた母は、もうすでにそらの母であり、そらの死を恐れていた。
その後そらは、『なんかありましたっけ?』といわんばかりに奇跡の回復を遂げた。驚いた。そらは懸命に看病してくれた母のことが大好きになって、母とだけは添い寝したりしていた。私とは一切しなかった。私たち3兄妹のことは、嫌いなわけではないけれど、『あたしよりは格下!!』と思っていたに違いない。
そらは女の子。出産させる予定はなかったため、母はそらに避妊手術を受けさせようとした。犬が女の子の場合、出産する予定はないのに子宮をそのままにしておくと、病気にかかりやすくなるだけらしい。だから避妊手術が推奨されているのだけど、父が、『病気でもないのに可哀想。避妊手術はさせない。』といって、手術を受けさせなかった。
案の定そらは5~6歳のときに子宮に炎症を起こし、そこから重度の腹膜炎となってまた生死を彷徨った。母は心底父を恨んだと思う。
本当に『もって2~3日』と医者に断言されたにも関わらず、またまたそらは奇跡の大復活を遂げた。
その後もガンが見つかって乳腺を全て取り除く手術をしたり、急性の緑内障にかかって完全に片目を失明(後に白内障にもかかり両目を完全に失明)したりと、とにかくたくさん病気をした。
何度もぶっ倒れて余命宣告をされては復活するので、『死ぬ死ぬ詐欺やな』と家族で笑いながら話していたときもあった。
だけど今回ばかりはどうやら死ぬ死ぬ詐欺ではなさそうだ。
17歳とハイシニアに差し掛かったそら。身体中いたるところに謎のいぼができたり、ご飯もなかなか食べなくなってきて。何度も痙攣を起こし、ここ1ヶ月くらいは病院通いが続いていた。
そしてとうとう今朝、吐血した。
誰よりも懸命にそらを支えてきた母、誰よりもそらのことをよく知る母から今朝、泣きながら、『もうだめかもしれない。会いに来るなら今だよ。間に合わないかも。』と電話がきた。
ビデオ電話の先に映るそらは、目を閉じてスヤスヤと寝ているように見えた。だけどちらちらと見える大量の吐血の痕は、そらの身体に痛みが走り、苦しんでいるという事実を私に突きつけてくる。
そして私は今、新幹線に乗ってそらのもとへと向かっている。
覚悟はしてきたつもりでも、気が動転しはじめている母のもとへと向かっている。
ここ数ヶ月、
何度もそらにこんな言葉をかけていた。
『私が中学二年生、14歳のときから一緒なんだよ?
そんな私ももう32歳だよ?
結婚して、今はお腹に赤ちゃんまでいるんだよ。
どうせ天国にいくなら、私の赤ちゃんくらい見ていきなよ。見ていってよ。叔母さんとして、赤ちゃんに寄り添ってあげてよ。』
ここ数ヶ月、本当に体調は悪かったんだけど、何度も何度も乗り越えてくれたそら。『絶対にまにょの赤ちゃん見ていく気だね。笑』と家族皆で話していたけれど、そらは痛いほど自分の身体に鞭を打っていたことを思い知る。
辛かったら頑張らなくていいよ。
でも、頑張ってほしいよ。
遠くにいかないで。
まだ、そばにいて。
どれだけ迷惑かけてもいいよ。
どれだけ病院代がかかってもいいよ。
お母さんも言ってたよ、
『介護させてもらえて嬉しい』って。
生きていてくれてるだけで
嬉しいんだよ。
もう少し、
もう少しそばにいてよ。
柔らかくて、ふわふわで、
香ばしい匂いがして、小さい、
世界一愛らしい私の大好きな家族、そら。
愛してるよ。
もう少し、この世界を一緒に生きよう。
待ってて。
まにょ。
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