事業会社では、WhatよりもHowの方が難易度が高いのではないか
コンサルティング会社と事業会社は締切に対する意識が違うという話をしたが、異なる観点で違いについて語ってみたい。
解約率の悪化
私が管轄しているSaaS事業で解約率の上昇が課題になった。
解約率をKPIとしてミッションを背負っているカスタマーサクセスの部隊は、未経験者がゼロから立ち上げ、試行錯誤の中で苦労して形にしたものだ。
事業自体は順調に成長し続けている中で、ごく僅かな人数で運営されており、業務量はそのキャパシティを大きく超えていたが、現場の踏ん張りでなんとか回っているという状態だった。いよいよその限界を超え、問題として表出したのだった。
受注が増える中で解約率が悪化すれば、事業は成長しない。栓を抜いたまま蛇口を緩め風呂の湯を貯めようとしているようなものだ。
一過性の可能性もあるため、私は1か月、2か月様子を窺ったが状況は好転しなかった。この事態を受けて、事業の次なる課題として事業全体・会社全体に事実とセットで危機感を発信していった。
Whatの精査と方針の指示
解約率が問題になったことはこれまでなく、どう対処すれば改善するかという経験値はなく、未経験者ばかりだったので王道としての解決方法も知見がない。まさにゼロから対応すべき課題であった。
当然、解約至るプロセスや兆候も可視化されておらず、すべて仮説を立てるところから始めなければならなかった。現場のタスクで追われているチームに変わり、私が社内に分散しているデータを集め、解約率が長期でどのように推移しているか、どこのセグメントで悪化しているかを分析していった。
加えて、私自身もカスタマーサクセス素人であるので、バイブルと言われる本を読み漁り、ブログやウェビナーを見て解約率悪化を阻止するための理論を学んだ。
1~2か月後、分析結果と一般論を携え、事業視点で見た際の優先順位が高い課題と解決の方向性を示した。具体的には、解約率が悪化傾向が強く事業への影響大きいセグメントを示すこと、リソースが限られているという前提のもとそのセグメントを重要先として指定し手厚くフォローしていくこと、フォローする際のタイミングやツール(帳票など)の指定、それ以外は短期的には捨てること・中長期的にテクノロジーで省人化対応していくことなど一連の方針として指示した。
マネージャー以下、私の指示に従ってオペレーションを改善すれば、解約率悪化には一定の効果を示し改善するはずだったし、私以外の関係者も全員理解し賛同してくれた。
6か月後、状況は変わらず
6か月後、解約率は改善しなかった。指示を出した後も毎月のように数字を追いかけ、やれているかどうかマネージャー以下に声掛けを行い繰り返し方針を伝えた。短期に結果が出るとも思わなかったが、6か月経てば何らかの良い兆しが見えるものと期待していたが、全く何も変わらなかった。
なぜ改善しないのか。改めてマネージャー以下、メンバーにヒアリングを行った。そこで明らかになったのは、方針が方針のままで止まり、改善したはずのオペレーションが元に戻ってしまったという事実だった。
明確に決めたはずの定量的な基準が個人の印象や判断に戻ってしまっていたり、作ったはずのツール類が使われずに放置されていたり、散々な実態だった。方針を指示した当初は一定程度機能していたようだが、私が別の事業課題に取り組み現場を離れてから元に戻ってしまったのだ。
方針だけでは現場は動かない
今から振り返ると、方針だけ伝えてその場を離れてしまったことが悔やまれる。定期的に現場に戻り、本当に方針が守られているかを確認すべきだったし、口頭ではなくエビデンスを以て確認すべきだった。
明確な方針、しかもメリハリも付けて業務としては難易度も高くない指示をなぜ実行できなかったのか。私は不思議で仕方なかった。
その点も踏まえてメンバーにヒアリングを行ったところ、あらたに2点ほど気付きを得ることができた。
走りながら変えることは難しい
当たり前の話だが、現場は日々の業務を行っている。カスタマーサクセスの場合、解約率悪化を改善する取り組みのほか、通常のサポート業務や顧客対応を日々行っている。取り組みにメリハリをつけても、日々の業務が手一杯の状況では施策に時間と労力を割くことはできない。その点も踏まえて設計したつもりだったが、キャパシティを大きく超えた状況では、楽にするはずの変化そのものがストレスになる。慣性の法則である。
コンサルティングファームではそのような難しさを感じることはなかった。クライアントからデータをもらい、分析し、政策提言する。それは止まった車を調査して修繕するようなもので、例えるなら車検である。
一方、事業会社では走りながら調査して修繕しなければならない。数字を作っている部署であればあるほど、車を止めることが許されないからだ。カスタマーサクセスだけではなく、営業のチームも同じような状況になる。
腹落ちしないと動けない
二つ目に、論理的に、定量的に間違っていなくても、自分の直観と異なる場合や気持ちが乗ってこない場合は動けない。これもコンサルティングファームではあまり感じられなかった。コンサルタントはプロフェッショナル意識の塊であり、心情よりも事実やロジックを優先する。
しかも、クライアントは経営陣で彼らの合意を取り付ければ、トップダウンで物事を進めることができる。現場で反対があっても"経営課題の解決"を錦の旗に掲げ、場合によっては人事異動を含めた強制力を伴って推進することも可能だ。再生案件の場合は、リストラも厭わず。
もちろん、私の示した方針が100%正しい確証はなかった。指示する時に「これは仮説であり、実態に即してカスタマイズしてほしい」と念押しした。スタッフの主張では、事業へのインパクトとは違う軸(クライアントのやる気など)でセグメントすべきということだった。私から言わせてみれば、事業インパクトとクライアントのやる気の2軸でセグメントにアップデートすれば良いということだが、そうはならなかった。
WhatよりもHowの段階で躓きやすい
実は、上記はカスタマーサクセスでの一例であって、同じような失敗はそれ以外のチームでも多く経験している。Whatを示している、場合によってはHowまで具体的にしているのに、なぜできないんだと思うことは1度や2度ではない。
そもそもの、感性の法則が働く中で走りながら変革していくこと、気持ちや心情が行動を大きく制限することを理解しなければ、Whatの指示倒れになってしまう。
どうすれば良いのか?
この問題に関しては、解決策はない。事業会社にプロフェッショナル人材が溢れる状況がくれば変わるかもしれないが、おそらく未来永劫そんなことにはならない。諦めてそういうものとして受け入れる他ない。
やれることは、Whatを明確にした後、Howまで自らの手で関与して、元に戻らないように仕組み化するまで見届けるか、WhatとHowの両次元をしっかり理解して実行に移せるような信頼のおける部下(右腕)を自分で育成していくしかないように思う。
いずれにしても、口だけではなく手足を動かして、汗をかくこと。プレイングマネージャーを続けながら、将来の幹部候補生を育てることが重要だ。