もう、捨てていい本など一冊もない
今年の3月に、夫の単身赴任が終わる知らせを受けてから、私が別居するまでの7ヶ月強、私は自分の服や本をたくさん捨てた。
古本屋や古着屋に売りに行くには、付箋や、古本購入時の値札シールを剥がしたり、書き込みや傷みをチェックしたり、服は手入れしたりと、結構手間がかかる。そんな暇はなかったから、紐で括ったり袋に入れたりして燃やせるゴミの日や資源ゴミの日に出した。自分で編んだワインレッドのカーディガンやレース編みのストール、気に入っていた服、思い出の服…。
趣味の本や小説だけでなく、大学で専攻していた国文学の書籍、仕事関連の専門書や資料も、思い切ってかなり捨てた。目をつぶって捨てた。
あとどれだけ生きる?
この服、このところそんなに着てないよね?
これから国文学で論文書く?
この本は仕事の専門書だけど出版が令和でなくて平成だから法改正を考えると…。
夫が単身赴任先から持ち帰った荷物は100近い数のダンボール箱があり、私のものを処分するしかなかった。夫は自分のものを処分する気はない。
大量の食玩が入っていた箱を開いて畳んで圧縮したのを詰め込んだ箱。銘菓の包装紙を丁寧にシワを伸ばしてテープを剥がして畳んで入れた袋を納めた箱。もう何年も読んでいないマンガ本。シワひとつなく丁寧に角を揃えて詰め込んだ観光地のリーフレットの箱(空気の入る余地なく高密度に詰め込まれた紙はものすごく重い)。夥しい量の写真フィルムや現像した写真。映画のパンフレット。チョコエッグやガチャポン(シリーズをコンプリートするまで大量に買い集めて、同じものが出たらその中で最も綺麗な仕上がりのものをセレクト。カプセルに入れた状態で箱に詰めてある)。イベントで買った未開封の記念Tシャツ。
6畳間相当の一室の収納スペースはぎっちりと箱が詰め込まれている。室内は天井近くまで積み上げられたダンボール箱で、通路もおぼつかない(通路は幅10cmあるかどうかもあやしい)状態。
私の和箪笥は、引っ越して来たとき(その部屋にまだスペースが空いていた)に部屋の奥に入れたので、引き出しを開けることができず、和服を取り出せないままになった。振り袖はタッチの差で、弟に送ることができた(女の子がいるのは弟のところだけ)。結婚したときに親が買ってくれたものを自分で着れるようにと公民館に通って着付けを習ったのだが、やむを得ない。
両親には申し訳ない…。
別居する直前まで本を捨て続ける私に対して夫は、
私の物が多すぎるから家が片付かないのだと言った。
本を捨て続ける私を、古本屋に売らずに捨てるとはもったいないことをすると非難し、古紙の中から本を選り出して紙袋に入れ直し、古本屋に『売りに行って下さった』。
ほらこんなにお金になった、と得意げに言う夫に私は、
「どうもありがとう」
と言った。
「書き込みがあっても折り目が付けてあっても持っていけばいいんだ。引き取ってくれるから。知らないのか。でもこの付箋だらけの本はダメだ。付箋を剥がすと紙が破れるし、付箋が多すぎて剥がしきれない。捨てるしかないね」
と夫は笑った。
「へえ、これも要らないの?」
と言って袋に詰め込み、得意顔で売上と明細を『渡して下さる』。
「5円…。30円…。あれ、200円で売れてるのがあるよ」
と指差して『見せてくれる』。
「あらほんと」
と私は上の空で応える。
あのダンボール部屋の床は、荷重に耐えきれるのだろうか。
今、持ってきた本たちを見て思う。
もう、一冊たりとも処分できない、と。
いずれは法改正で買い替えるものがあるとしても、今はもうこの本たちを一冊たりとも処分できない、と。