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餃子

自宅療養7日目。いい加減、飽きてきました。

熱はとっくに下がり、しつこかった喉の痛みもずいぶんと和らぎました。時たま発作のように咳がでるものの、1日のうちほんのわずかな時間です。

幸いなことに、ここ数日のだらしない療養生活のおかげで外に出たいという意欲自体も減少していますが、暇なことに変わりはありません。

ほんの少しのやりのこした仕事と、代わりに出張に行ってくれた人へのお礼、ほんの少しの掃除と洗濯が終われば、もうあとは自由時間です。
宅配レンタルした漫画は午前中に読み切ってしまいましたし、たまっていたドラマも消化してしまいました。

こういう時に限って常日頃「時間があったらやろう」と思っていることがさっぱり思い出せないですし。スマホをもてあそんでみるものの、そこに頼るのも限界、そもそも長時間画面を見るのは目にしんどい。


ふと、餃子を作ろうと思い立ちました。

感染して、症状が落ち着いても食欲がほとんどなくなっていたので毎日1食半くらいで済ませている毎日です。別に餃子がどうしても食べたいわけではないのですが、餃子を作りたいと思ったのです。

白菜、ネギ、生姜、ニンニク。ニラはないので代わりに春菊を。全部みじん切りにして豚ひき肉と混ぜます。醤油、酒、砂糖、ごま油も入れてさらにこねる。餃子はこねればこねるほど美味しくなるんです。多分。

いつも餃子をつくるときには100個くらい一気に包みますが、今の体調で作った料理を冷凍するのも気が引けたので今回は大判25個で。好きな小説家のSNSでみたように、包んだ餃子はまな板の上に置くことにしました。


すくって、乗せて、包む。大判の皮であることをいいことに、みちみちに具を入れます。実家にいたときは、よくサザエさんをみながら兄姉や母親と作っていたので、餃子を包む腕は結構自信があるのです。


ふいに、外から人の声が聞こえてきました。
我が家の台所は玄関入ってすぐのところにあるので、台所で1人作業をしていると外の物音がよく聞こえるのです。

その日に聞こえてきたのは近くの一軒家から。誰かと会話している声。男性と女性、いや男性と男性?会話の内容までは聞こえませんし、どっちでもいいのですがなんとはなしにその音を聞きながら餃子を包みます。


餃子を包んでいると、さっきまであったザワザワ感がいつのまにか消えていきます。材料を微塵切りにして、包む。この繰り返しの作業は、いつだってわたしをニュートラルな状態に戻してくれるのです。

餃子はいつだってそうなのです。テレビをみながら包んでも、ドア越しに誰かの会話を聞きながら包んでも、サブスクで音楽を聞きながら包んでも。
耐えきれなくなった孤独や煮詰まった頭、さびしさや恐怖も、全部フラットにしてくれる料理で。

静かに包んでも、騒がしく包んでも、なぜかさびしくない。いつだってどこかの瞬間に、場所や人を感じる瞬間があって、落ち着かせてくれます。

いつか共に暮らす人がいたら、どうか餃子が好きな人であってほしい。

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