スペシャル
強烈な西日がオフィスのブラインドを突き抜けて僕のPCを襲う時刻。先輩は席を立ってブラインドをきつく閉ざした後、お疲れさまでしたと言って手を振った。それを見た僕も慌てて机の荷物をカバンに流し込み、退勤用のサイトにアクセスして打刻する。はきっぱなしで馬のひづめのように足と一体化した革靴でアスファルトを蹴って帰路についた。
コンビニで買った150円のアイスクリームを片手に駅へと歩く傍ら、ミサイルのように突っ込んでくるサラリーマンたちに注意を配る。この時にイヤホンで流す音楽はメンタルに非常に直接的に干渉してくため、わざとらしく明るい曲なんかにしておくのが定石だ。さもなくば自分自身もミサイルになってしまうだろう。
今朝手首に付けたお気に入りの香水が香らなくなった頃に家に着く。椅子に座れば重力が何倍にも膨れ上がるため、先に手洗いとうがいだけ済ましておく。夕飯を食べて風呂からあがったころには窓は黒く塗りつぶされていた。線香とロウソクに火をつけて一人用のソファに腰かければ何かに思いをはせようと試みるのだが、五感のうち視覚が感じ取るのはロウソクの火ではなくパソコンの画面であり、聴覚が捉えるのは都市高速道路の下から響くパトカーのサイレンの音のみである。先輩に押し付けられたマッチングアプリでつまらない返事をして顔を上げると、ロウソクの溶けたろうがテーブルの上に垂れていた。
これといった悩みもなく、これといった自慢話もなく、これといったパンチラインもない。燃えるような熱い恋は過去に置いてきたし、体の内から湧いてくるエネルギーは週末にしか出現しない。ひとまず誕生日プレゼントに友人からもらったハンドクリームを手に塗り込み、その手で鼻を覆った。こんなことが震える心にすっと届く。階段を下りて冷蔵庫の豆乳をグラスに注ぎ込んで一気に飲み干した。乾いた口内に変化はない。ちょっとだけ高価な線香を取り出して火をつけ、好きな漫画をもう一度読み直した。
明日は予定上だと出勤日になっているが、明日何が起こるかは決まっていない。退屈な日々にスペシャルを付与するのは自分だし、そんな自分でありたい。人生の工夫が実を結ぶその時まで、自分で自分をケアできる方法を模索し続けたい。
耳の中におケラの鳴き声が響き渡る。
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