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《寄稿》 エッセイ「初体験」 ねこ

 初体験。それは私にとって、常に白色をしている。

 何色にでもなれるから、という意味ではない。むしろその真逆だ。白色はなにも隠してはくれない。全てを曝け出させる色だからだ。

 わからない、というのは怖い。未知は恐怖だ。初体験は、未知の塊だ。わからないものの前ではなにも取り繕えない。格好がつかない、そのままの“私“で臨むしかない。

 白色に飛び込む時、私はいつだって震えている。武者震いのような格好いいものではなく、正真正銘恐怖からくる震えである。わからないから怖いのに、それを“知っている“状態にするには、結局“わからない“に飛び込んでいくしかない。飛び込まずに放置していたら、世界はあっという間にわからないものだらけになる。様々なものが生み出され、既存のものも進化を続ける今において、少し留まるだけですぐに白に塗りつぶされてしまう。

 それでもいざ飛び込んで、通り過ぎてしまえば、それはあまりに呆気なくて。直前の震えも、恐怖も、ほんの少しの高揚も、全部が過去になってしまう。そうしてじきに忘れ去ってしまう。あんなに怖かったはずなのに。

 けれど、どれだけ時間が経っても、気持ちが変わっても、経験だけは消えない。いろんなものを塗り重ねて暗く重くなった人生の中で、初体験は常に白く光り続ける。その光りは、次なる未知に飛び込むためのわずかな希望になってくれたりもする。

 きっと海に潜っていく感覚に似ている。深くなればなるほど怖くて、苦しくて、けれど上がってしまえばなんてことはない。あんなに苦しかったそこに再び飛び込んでいくのは、きっとそこに忘れられない景色があるからなのだろう。海の底で見上げた時に、海面を漂っている、あの光ほど美しいものはないのだから。

 だから私は今日も潜るのだ。わからないをなくすために。これはきっと世界中から“わからない“がなくなるまで終わらない。世界全ての未知を掌握したいなんて、ひどく欲深いけれど。それでも飛び込む。潜る。そうやって白に呑まれていく。

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