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月と六文銭・第二十一章(20)

アムネシアの記憶

 記憶とは過去の経験や取り入れた情報を一度脳内の貯蔵庫に保管し、のちにそれを思い出す機能のこと。
 武田は複雑かつ高度な計算を頭の中だけで計算できた。スーパーコンピューター並みの計算力ではあったが、それを実現するには記憶領域をある程度犠牲にしていた。

<前回までのあらすじ>
 武田は新しいアサインメント「冷蔵庫フリッジ作戦」に取り組むため、青森県に本拠を置く地方銀行・津軽銀行本店への訪問を決定した。津軽銀行がミーティングを快く受けてくれたおかげで武田は自分の隠された仕事の日程を固められた。
 総務の松沼和香子まつぬま・わかこは憧れの武田を追いかけて、出張先である青森まで行きたい衝動を抑え、パパ活アプリで知り合ったパパを呼び出すことにした。

20
 何度か会ったことがあるエロ医者・KAZかずこと戸山和幸とやま・かずゆきとはすぐにつながり、アプリでのハンドルネーム「サチ」である松沼は、今夜のパパ活の相手を確保できた。
 しかも、クスリ=快楽系ドラッグを用意してサチ=松沼の感度を高め、自身は勃起持続剤「ブルアグラ」を飲んで2時間ほど楽しませてくれるというのだ。テクノロジー様様で別の時代だったらこうは上手くいかなかっただろう。

 その松沼、大学2年の時に短期留学をしたのだが、留学先の米国では快楽系ドラッグが日本では想像できないほど普及していて、一緒に行ったボーイフレンドから「やってみよう!」と勧められた時にはドン引きしたものだ。
 それでも好奇心があるから試したものの、その後数日にわたり頭痛が続き、体のだるさが取れず、自分には合わないからやめた方がいいと決意した。海外から日本に戻って、そうした薬が手に入らなくなったのも幸いして、快楽系ドラッグの魔の手からは逃れることができた。

 更に言えば、日本で医者が手に入れる薬物は医者が自分自身を危険にさらすことがない程度のものだと分かっているので、正規品だったり、危険性が低い物がほとんどだった。

KAZ:10でいいか、2回戦で?
サチ:何回でもいいですよ
   ただ、ちょっとピンチだから12でもいい?
KAZ:3回出来たら15にする
サチ:わぁ、ありがとう
  いつもの六本木でいいかしら?
KAZ:もちろん、部屋を取って番号を連絡する
サチ:ありがとう
 楽しみにしているわ
 うんとイかせてね
KAZ:おう、あとでな

 正直なところ、今の松沼は金額にはこだわりがなかった。いや、もともとあまりなかった。有り余る性欲を静めてくれるなら、何回でも、どこでもよかった。男性には「3回戦も4回戦もOK!」と公言し、勃たなくなるまで男性に腰を振らせて、発射させたことは何度もあるし、池袋や渋谷の高くないラブホテルでも構わなかった。
 しかし、男性は見栄があるのか、きちんとしたシティホテルを予約してくれるし、上の方の階で夜景がきれいだったり、泊りになった時は夜食をルームサービスで取ってくれたりした。行為の方もがっつくようなことはなく、夜は一回、朝も一回と割と無理をさせないペースにしてくれることがほとんどだった。時には夜2回することもあったが、「想定内!」と思ってサチは体位をいろいろ変えて応じていた。
 シティホテルでの情事に毎回必ずあったのが、窓辺で後ろから突く(突かれる?)体位で、これはもう仕方がないと思うことにしていたが、外から自分の顔をまともに見られることがないよう気を付けていた。
 そして、子供ができるなどの問題がないよう、必ず避妊をしてくれる男性がほとんどだった。それでも「事故防止」の観点から松沼はピルを飲み、「自己防衛」を徹底した。
 そして、自分から貰う金額を必ず提案していた。貰う金額は自分の評価だと思うことにしていて、金額が高いほど、自分の評価がいい、或いは男性が喜んでくれた、と。金額交渉はいつもスムーズで、値切られたことはなかった。それだけの金額を出してもいいと思うパパが多かったのか、サチがエロくて、前の回の行為に満足したパパが今回も期待している表れだったのか、いずれにしても、松沼はパパ活で期待する収入を得ることできていた。
 戸山は基本的にはエロいことが大好きで、「サチ」が白目を向いて気を失うまで攻めたし、全身を痙攣させてイくのを見るのが楽しみだった。
 それに対し、松沼が嬉しかったのは、戸山がそのままゆっくり寝かせてくれることだった。
 松沼もこの戸山の対応に安心していたこともあり、かなりハードなプレイも受け入れ、快楽の行きつくところを確かめてもいいと思って身を任せていた時期もあった。体はどんどん満足度が上がるのだが、気持ちが虚しくなるばかりだったのも事実だ。

<本当は私の気持ちを満足させてほしいのに。それと道具や薬じゃないくて、男性自身、そう、アレ、チンポ、ペニス、肉棒、ムスコ、マラ、呼び方は男性によっていろいろと違うけど、とにかく男性自身で私を絶頂まで押し上げて欲しいのに、自分がイったら、道具・玩具に切り替えてアタシをイかせようとするから…。
 ああ、テツヤならアタシを快楽の絶頂まで押し上げて、最後は奈落の底に突き落としてくれるかもしれないのに、どうして何百キロも離れた青森に行ってしまったの?>

ブルッ
<あ、アプリのメッセージだ>

KAZ:ハイヤット・アット・六本木、イーストタワー、19階の1919号室
サチ:直接部屋に向かっていいですか?
KAZ:ラウンジで一杯飲んでからどう?
サチ:そこは知り合いが勤めているし、知人もいるかもしれないので
KAZ:分かった、部屋で
  ルームサービスでステーキを食べよう
サチ:ありがとう
  楽しみ!
  エッチなの着ていくね
KAZ:いいねぇ
  じゃあ、7時半な
サチ:はい、7時半に

<また、1919号室か。アタシをアンアン喘がせて、1919イクイクと言わせる気ね。まったく、昭和のオヤジは…>

 松沼は会員になっているスポーツクラブに立ち寄って、ロッカーにある「大人のお付き合い」用バッグから「夜用の下着」を取り出して着替え、部屋に向かうつもりだった。途中、男性用アダルトグッズ「イソギンチャ」用のローションを追加購入して、手で戸山のモノをしごく時に使おうと思っていた。

<そういえば戸山のアレ、結構大きいのよね。初めての時は入り口をかなり広げられたから「わぉ、ふっとーい!」と思ったけど、長さはちょうどいいかちょっと足りないくらいで膣奥を傷めないグッドなサイズだった>

 松沼は会社を出て、地下鉄の入り口に向かって颯爽と歩いた。1時間後には自分の父よりも年上の男性にグラマラスな肢体を晒し、その30分くらい後にはその男のペニスを受け入れ、演技ではない本気の喘ぎを聞かせているだろうと思うと、自分がこんな異常事態を楽しめているのは精神に異常があるからだと分かっていた。
 そもそもスポンサー探しや言葉はともかく「パパ活」自体は昔からあるものの、今のような形態でお金と時間、そして性を交換することの敷居が低く、学生やごく普通のOLなどが参入できる状況が異常だったし、ソフトやアプリでマッチングして、普通の生活で出会うことがない人同士が出会うのも時代の趨勢とテクノロジーの恩恵と言えた。

<思い切りイっちゃって、そのまま寝ちゃってもいいよね、今夜。明日は土曜だから早起きしなくてもいいし、戸山が夜帰っちゃったら一人で大きな部屋を独り占めできるし。
 戸山は家庭があるのは分かっているし、深追いはしてこないし、避妊はきちんとしてくれるし、本当に遊びと割り切ってくれているからアタシにとっては都合のいいパパなのよね。
 あ、でも、騎乗位が好きだった。あれ、疲れるから、ちょっと体力を温存したい時は辛いな。後ろからにしよっと>

 松沼の膣の入り口は後ろの方にある「下付き」で、膣の角度が深いからバックで攻められると松沼も男性も気持ちが良かった。

<バックは攻められている感じが好きだし、男性に「後ろからガンガン突いて」というと男性が頑張ってくれるから、まぁいろいろ都合がいいのよね。戸山は3回出したいみたいだから騎乗位で1回、バックで1回、そして正常位で出せたら喜ぶだろう>

 松沼はいつも行く日比谷のスポーツジムでロッカーを長期契約していた。仕事帰りにワークアウトすることはもちろんあるが、ここで身支度を整えて、夜の仕事(=パパ活)に出掛けることも結構あった。
 エロい下着に着替えていたら、普通のOLっぽい女性たちがチラッと見た後、目を逸らして、別のロッカーの方に行ってしまうのだった。

<知らない人は関係ない、と思わなくちゃやってられないのよ、私>

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