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月と六文銭・第十四章(63)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。

 田口はターゲットであるウェインスタインの上司・オイダンに狙いを定め、二人きりになるチャンスを作ろうとしていた。部屋はまずいので、車で出かける機会を作りたかったのだが…。

~ファラデーの揺り籠~(63)

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 納得できたようなできないような話だった。実際に高島都が産業スパイだったらどうしたのだろうと頭の中で疑問符が湧いた。

「ところで、先日一緒だった女性とは割り切ったお付き合いをなさっているの?」
「向こうも、僕もだ。
 彼女は既婚者だが、日本では多いセックスレスなんだそうだ。
 ホステスの仕事はお金のためと自分の承認欲求を満たすためだと言っていた」
「何となく、分かるわ。
 私も似たような感情、感覚だもん」
「そうか。
 じゃあ、今回は本当に、ネイサンが来れなくて残念だったね」
「昨日は寂しかったわ、少し。
 あ、ごめんなさい、朝からこんな話しをして。
 私ったら自分からビッチだと宣言しているようなものだね」
「そんなことないよ。
 どうだ、今夜、先約がなければドライブに行かないか?」
「あのフェラーリで?」
「そうだ。元々僕が借りている車だ。ネイサンほど運転はうまくはないが、下手ではないつもりだ」
「嬉しいわ。8時?」
「OK、8時に地下の駐車場で。せっかくだからオープンにしよう。髪をまとめてきてくれ」
「分かったわ。
 遅くなりそうだったら、whats-upで連絡を入れるわ」

 朝食は楽しく進み、オイダンのホステスとの失敗談とか、ウェインスタインと同じホステスを取り合った時の話などで盛り上がり、解散となった。
 オイダンは仕事に向かうため、部屋へと戻り、高島は化粧を仕上げ、服を着替えて出掛けるつもりだった。
 ウェインスタインとオイダンとは直接会える、直接連絡が取れる間柄になったので、看護師に化けてクリニックに出勤する必要はなくなった。
 しかし、事務官の服部はっとり昌子まさこのデータが、引き続きスマートウォッチから携帯電話経由で送られ続けていた。相変わらず毎晩励んでいるようなデータが確認できて、高島は驚きを隠せなかった。

<彼、本当に頑張っているね。服部のことを心から愛しているんだろうね>

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 さて、今夜、オイダンを問い詰めるかどうか、早急に決めなければならない。デイヴィッドを殺したのがオイダンならば、きっちり決着をつけないといけない。今回のミッションの本来のターゲットがオイダンではないため、本部に許可を取り、他の工作員アセットも起動しないといけなくなるだろう。
 オイダンは米国民なので、命を奪うとなれば証拠をそろえ、手続きを踏み、最終的には大統領の許可を取る必要がある。戦争相手国の幹部や工作員ならば大統領も許可しやすいが、自国民となると慎重になるだろう。
 オイダンは自分とウェインスタインの関係を知っているから、誘惑しても、誘いには乗らないだろう。それでも誘惑した方がいいだろうか。
 ドライブ中に彼の犯行が判明して、彼と直接闘うことになったら、勝てるだろうか。
 これまでノーマークだったから、オイダンのスキルを全く知らない状況だ。ドスィエを読んだので、若い頃特殊部隊にいたことは知っているが、退役してからどれくらい現役の時のスキルを維持しているのか、或いは、何か新たなスキルを身につけている可能性もある。最悪の場合、ウェインスタインと同じ'能力'を持っていたら、果たして自分は勝てるのだろうか、ということまで心配しないといけなくなる。

 クリニックには出勤しなくてよくなったので、高島は今すぐ連絡員経由で本部の指示を仰ぐことにした。
 都はハンドバッグから普段人前では見せないスマートホンを取り出し、本部に送ってほしい依頼内容を連絡員に送った。
 すぐに折り返し合流場所と時刻が送られてきて、本部に要請を伝送したことも添えられていた。
 高島は地下鉄で六本木から恵比寿に出て、山手線に乗り替え、品川まで移動し、エキナカのイタリアンでパスタを食べながら連絡員を待った。

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 会合の少し前に食べ終わるように調整していた高島のテーブルに連絡員がスッと座った。明るいところで見たら、米国大使館の中堅の経済調査官だと分かる人がいたかもしれないが、若干薄暗い店内では判別がしにくかっただろう。
 ビジネスミーティングのフリをして現状報告、所謂デブリーフィングを行い、自分が本部に出した要請の回答を求めた。すべて英語だったので、多少聞き取られても、日本ではその内容の重要性に気が付く人はほとんどいなかっただろう。

「SUN・α・6(サン・アルファ・スィックス)、君の要請は承認され、証拠が揃い次第、追加ターゲットのOV7(オー・ヴィ・セブン)の無効化を実施する」
「どの狙撃手を使うの?」
「それを君が知る必要はないし、知らない方が良い。
 クリティカル・タイムは後程伝えるので、その時間帯はなるべく遠くにいて、きちんとアリバイを整えるように」
「もちろんです、了解」
「君自身、追加ターゲットを問い詰めた結果、身に危険が及ぶようなことがあれば、まず離脱すること、そして、私に連絡すること、いいですね」
「それも了解です」

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