レムリア興隆記~地下都市帝国の興隆01~
第一話 ~ドージェ選挙~
レムリア共和国の議事堂では第四十一代共和国元首「ドージェ」を選ぶための投票に向けて議場の配置の変更が進められていた。
3か月に渡る選挙活動期間中に、五百年ぶりの女性候補、フレア・スロステン元老院議員は積極外交と恒久的失業対策を掲げ、頭角を現した。
スロステン議員はスロステン伯爵家の娘で、行政アカデミー出身、在学中から元老院議員である父の政治秘書として議員活動をサポートすることで政治キャリアを開始していた。父の議員引退を受け、自身が議員に就任すると、学生時代から取り組んでいた失業対策を国家単位で実施することを旗印に積極的に活動した。
この失業対策は35に分かれているレムリアの行政区のうち、西側の7つの区で試行され、成果が上がっていたことが評価され、北部7区、中央7区、南部7区にも支持者が増えていた。
革新候補のイメージながら、実は前ドージェ、ジョゼフ・ベリーニの方針を継承して、外交は穏健派太陽政策的、経済政策は積極介入を掲げていた。元老院内では革新派及び穏健派の支持を受けていて、一般国民の中年層から若年層までの広い層からの支持が得られていた。
しかし、元老院保守派はスロステン議員の経験の少なさ=元老院議員在籍期間の短さと恋愛スキャンダル=十人委員会副議長との年齢差ロマンスを持ち出して、対立候補のロワン・ロレダン元老院議員を有利にしようと工作した。
対立候補のロワン・ロレダン議員はレムリア共和国防衛軍の元大佐で議員就任前は最前線で国家防衛に従事していた。国防アカデミーを首席で卒業していた軍事エリートで、部隊運営の実績を評価されて、若くして大佐まで昇進していた。彼が任されたのは国家防衛上最も重要な東南方面で、ノヴェスパニア共和国と境を接していた地域だった。
元老院議員就任後はその経験と実績から国防委員会の副議長を務め、ご意見番的存在だった。その後、現政権では防衛大臣を務めていたが、前ドージェ、ジョゼフ・ベリーニの死去を受けて、共和国元首選挙に立候補した。
ロレダンは外交努力の縮減と国防軍装備の再近代化を掲げ、譲歩に譲歩を重ね、国境制定と都市国家連邦への加入に傾いていた前ドージェ・ジョゼフ・ベリーニの方針を変更すると公約に掲げていた。
元老院保守派はベリーニの方針を大きく変更することには反対だったため、ロレダンの当選後、方針の"現実的な修正"を求めるつもりだった。ベリーニの方針を継承しているにもかかわらず、保守派はスロステン議員が過激な方向転換を考えているようにイメージ戦略を展開して当選を阻む作戦だったが、本音の部分ではスロステン候補がドージェとなり、十人委員会のクサン副議長と連携して、元老院の抑え込み、権限はく奪に動くのを恐れていた。
レムリアが人口550万人ほどの小国ながら大国に飲み込まれずにやってこれたのは、非常に高い農業生産力、交易能力、優秀な外交組織による巧みな外交政策とここ六百年ほど無敗を誇った無敵の軍隊、通称"アルマダ"、の存在があった。
社会の各層で活躍する人々は自分たちの能力をよく理解し、存分に発揮していた。特に"血の税"と呼ばれた兵役については、基本的に全国民に平等に課された上、貴族階級はノブレス・オブリージュに従い、率先して前線へと向かった戦ってきた。残された人々は懸命に働き、交易に従事し、税を収めて、国家を支えた。
国家と故郷のために勇敢に戦かい続けてくれた兵士たちのお陰でレムリアの平和が保たれていたことは誰もが知っていることで、兵士は尊敬を集める存在でもあった。
兵役は平等に課されていたが、特に軍人として優秀なものは若い時から選別され、軍隊を率いる役割を学んで実践していた。これは必ずしも貴族階級の特権ではなく、あくまでも能力で選別された。
また、人口が550万人しかいないレムリアでは動員可能な兵役人口は250万人程度で巨大な軍隊を持つことが不可能だった。その為、他国に先んじて機械化兵装=兵士一人一人の武装の高度化が進められた上、前千年紀から引き継いだ戦車技術を地下での運用に合わせて改良を重ね、地下では珍しい航空戦力を保持していた。
軍隊だけでなく、地下での国家運営を効率化するため、不正を減らし、行政も政治も軍事も外交も透明化する努力を重ねた。これはおおむね国民からの理解を得ており、比較的スムーズに進んだ。
政治的には権力の集中と乱用がないよう、政策立案はドージェと十人委員会の11人で議論され、多数決を経て、元老院に送られて議論される仕組みだった。
軍事行動はドージェと十人委員会と中央参謀本部の十人を加えた三七委員会で議論され、元老院軍事部会を経て本議会で議論されるようになっていた。最高司令官はドージェが勤めるが、作戦指揮権等は国防アカデミー出身のエリート軍人たちで構成された中央参謀本部が担った。政治的キャリアを積む前に国民皆兵のレムリアでは軍事訓練が全くない国民というのはいなかったため、ドージェが全くの軍事的素人ということもなかったが、個別の軍事行動の指揮は参謀本部に任せてた。
なお、三七委員会と呼ばれるのは、3人ずつが座る7つのテーブルで会議場が構成されていたからである。これは国家黎明期の"国防七賢人委員会"の名残で七角形にテーブルが並べられる。
経済政策および行政活動はドージェと十人委員会のメンバーと行政官庁の長(大臣)が出席する七三委員会で議論され、年度予算と五年度予算が毎年策定され、四半期に一回四半期決算を行い、年に一回は本件戦を行っていた。五年度予算は長期プロジェクトとして治水や軍事関係の予算と決算を扱っていた。
共産主義とも社会主義とも取れる制度であったが、人口が550万人ほどの小国のレムリアにとってはいかに効率よく国家の資源を活用して国家を維持し、国民が幸福を追求できるかが重要で、幸い国民のほとんどがそれを理解していた。
なお、こちらの会議名は行政、産業、経済の3代表がひざを突き合わせて経済政策を検討した"三者会談"の名残で、現在は正方形に並べたテーブルの西方にはドージェと2人のリクトル(十人委員会の首席及び副主席)が座り、正方形の残りの3辺に6人ずつが座ることになっている。こちらはもう600年も機能し続けてきた伝統の会議だった。
***
共和国議事堂で最後の選挙演説会が開催されていた同じ頃、投票休暇で帰郷していた北部方面軍機械化大隊強化機動力中隊のウィレム・ヘルスィングとジョバンニ・ヘスカーリは町役場の建物の方向に頭を向け、鐘が12時正午を知らせるのを聞いた。
「あと3時間で投票締切だ」
「俺たちの休暇もあと27時間か」
「まあ、隊には5分前までに戻ればいいのだから、移動を考えるとあと24時間はのんびりできるさ」
「そうだな、今年は比較的戦闘が少なかったから俺たちも去年に比べたらのんびりしている感じだな」
「どっちが選ばれても、来年は少しきつくなるって大隊長が言ってたから今のうちに休んでおこう」
「そうだな」
ウィレムもジョバンニも中等学校までは普通の生徒だった。得意な科目も苦手な科目もあったが、体育は好きだったし、先生には悪戯をよく叱られた。この国では15歳までは子供扱いだった。戦争からも労働からも離され、子供らしい暮らしが満喫できた。子供は250万人の兵役人口にはカウントされず、15歳の誕生日から45歳の誕生日までが兵役期間だった。
ところが高等部に進むと、もう1千年近く続いている"選択と集中"政策で試験と検査が繰り返され、国家が個人の適性を見極め、国家への貢献を求めていた。個人に選択肢はあった。しかし、特性を見極められた個人は決められたレールを幾つか提示され、その中からしか選択できなかった。
その代わり、国家が提示した選択肢を選ぶ限りは国家への貢献は平等とされ、死に最も距離が近い前線の兵士も、象牙の塔で研究ばかりする"白装束"も役所でペーパーワークばかりの"ねずみいろ"も、一日中絵筆を動かしている画家も同様に扱われた。
そうした中、ウィレムとジョバンニは体格、体力、機転などを評価され、高等部卒業と同時に兵士として共和国軍に入隊し、厳しい訓練を経て前線へと送り出された。兵士として優秀だった二人は一兵卒から伍長、小隊長、中隊長へと出世し、一番危険ではあったものの、軍では一番の花形、機械化部隊に所属できることになった。
機械化部隊はパワードスーツを呼ばれる強化装甲を着込んで戦う。この強化装甲は人工知能と人工筋肉で稼働する一種の鎧で、人間の数倍の力を発揮したり、スピードが3倍まで引き上げられたり、暗闇でも酸素のないところでも行動できた。極端な場合は灼熱の溶岩流を横切ることもできたが、数分の非常時行動に限定された。
ウィレムとジョバンニは今回の投票休暇、兵士としてはやや長めの15日間、を利用して故郷に戻って家族と過ごしたり、昔の仲間と会ったりしていた。
いつものようにウィレムからジョバンニに話しかける形で会話が始まった。
「なぁ、ジョバンニよ、トーマスは行政職になって町役場に勤めていたんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうだったな。でも、投票所にはいなかったな」
「5年に一回の適性試験を受けて、何か変更があったのかな」
「あり得るな。俺たちは相変わらず兵士がお似合いらしいけどな」
「ははは、仕方ないよ、俺もお前も脳みそが筋肉でできているってトリシアが判断したんだから」
ウィレムとジョバンニが話していた「トリシア」とは正式名・トリキアウィタールムというこの国独特の組織だった。
この国が異星人の攻撃を受け、機能不全に陥った政治・行政機能に代わり、高等神祇官が宗教庁内の叡智を集め、国難を乗り切った事例を発端にしていた。本来は宗教機能であり国家の祭事を執り行う最高神祇官と高等神祇官、神祇官達で構成される国家宗教行事の運営組織、いわば宗教庁のようなものだった。
しかし、国難を乗り切ってからは国家に責任を持つような位置づけとなり、国民一人一人の適性を測り、どのように国家に貢献できるかをほぼ決定している機関へと変貌していた。『トリシアの神託』として、国民一人一人にその人の適性を伝え、国家への貢献を促す役割を担うようになって久しい。
「悲しいけど、そういうことだよな。トリシアによれば俺たちは『優秀な兵士として国家に貢献せよ』ってことだよなぁ」
「間違ってはいないし、俺たちでなければ十年戦争を勝ち抜けなかったと国家も評価してくれているじゃないか。お陰で俺もお前も勲章をもらい、国民から道を開けてもらえる『国家貢献兵』になったし、恩給も通常の倍貰えることになっている」
「で、ジョバンニよ、お前は第二のキャリアとして防大(国防大学=国防アカデミー)の教官になるつもりか?」
「『国家貢献兵』で兵学も収めているとなると逆にそれを後進に伝えないのは罪だろう」
「確かにな。そういえば、トーマスもクラスじゃ勉強できる方だったよな?」
「ああ、秀才クラスだったと思うよ」
「しかし、セイラの姉のフレアに比べたら、全然って感じだったよな?」
「フレアは頭だけじゃなかったじゃん」
今回ドージェに立候補しているフレアはこの町の出身で、ウィレムとジョバンニの同級生であるセイラの姉だった。この地方始まって以来の秀才と呼ばれ、頭デッカチではなくて、運動もできて軍事教練もトップでパスしたエリート中のエリートだった。国防アカデミーにはいかず、行政アカデミーに進んで国家公務員になることを国家に求められ、元老院議員になる前は厚生省の防疫局の課長として、国家の防疫政策を策定していた。軍との細菌戦共同研究委員会にも所属して、細菌戦になった時の軍の戦い方、国民の対応などを立案し、実行に移していた。
選挙に出ると聞いて地元民はあの子なら国を守る実力があると分かっていたが、他の地方の人々は貴族の家に生まれ、恵まれた体格と知性でエリート街道を驀進する怖いもの知らずと映っていたようだ。
もちろん、この国家の仕組みの下では正当に能力を評価されて現在の地位にいるのだが、それにしても恵まれすぎていると感じる者も少なからずいた。だからこそ、経験不足は元老院保守派のでっち上げとして耳を貸す者はいなかったが、現在の右リクトル、つまり十人委員会の副議長との恋愛スキャンダルには飛びついた。
レムリアは資本主義をほぼ脱していて、貴族と言えば広大な農園を所有して小作農をたくさん抱えて、贅沢三昧な暮らしをしていることはなくなっていた。貴族の家に生まれたということは、ノブレス・オブリージュ、高貴な生まれの者ほど国家に貢献すべし、を求められ、フレアとセイラの二人の兄、ティベリウスとガイウスはそれぞれ国防軍の最前線の部隊で指揮を執っていた。
残念ながら、先の十年戦争で共に殉職していた。長兄ティベリウスは南方方面で機械化機動部隊長として、次兄のガイウスは西方守備隊の行政部隊長として前線基地の現場指揮者をしている時にヒンドラ帝国の奇襲でそれぞれ戦死していた。フレアの弟、ルキウスは国防軍参謀本部付の主任研究員だったはずだが、ウィレムもジョバンニも彼が今どうしているのかは知らなかった。
フレアとセイラの父、スロステン伯爵アントニオはご存命だったが、フレアの兄弟3人の男性は国家防衛のために軍に勤め、上2人はすでに国家のために命を捧げていた。ウィレムの家族はスロステン家で代々馬と武器の手入れを担当してきたが、ウィレムの父は常々伯爵が立派な人であり、我々も負けずに国家に貢献しなくては、と話していたのを思い出していた。
現スロステン伯爵も家業を継ぐ前は国防軍の中佐として前線で闘っていたが、先代が亡くなったのを受けて地元に戻ってきていた。スロステン伯爵家は代々牛乳の生産と肉牛の飼育を行い、地元と軍に製品を収めてきた。
逆にジョバンニは商人階級の出で、交易業を営む家庭に生まれ、比較的不自由のない暮らしをしてきたが、ジョバンニが商業よりも軍事に向いているため、その道で国家に貢献してほしいとトリシアに言われ、軍に入隊した。やがてはかつての同級生セイラの兄であるガイウス・スロステン大佐の西方守備隊に配属され、軍人ながらも行政運営を勉強する機会を得たのだ。
それぞれが違った意味でスロステン家とかかわり、同家を尊敬し、同級生の姉が国家元首になろうとしている状況を、地方民の視点、庶民の視点、兵士の視点から見つめていた。
ジョバンニはウィレムと政治の話をしないように気を付けてきたが、どうしても気になったことを口にした。
「フレアは頭が良すぎるんだよ」
「ん、どういう意味だジョバンニ?頭はいいとは思うが、良すぎるとはどういう意味だ?」
「行政アカデミーでの逸話、お前も聞いているだろう。当時の政権が転覆しかねないような内容の論文を彼女が作成したため、教授が教授会から外には出せないとして、北方永久凍土保管にしたんだ。いまだに機密解除されないんだ。たかが学生の論文に行政アカデミーの教授たちの顔が青ざめたらしいんだ」
「アカデミー在学中、なんか体調を崩して一時期帰ってきていたよな」
「ああ、俺はセイラに聞いたんだけど、トリシアから呼び出されて、高等神祇官になる選択肢があると提示されたらしいの」
「え、それってすごい名誉じゃん!一生人々から崇められ、最高神祇官になれば、すべての国家行事に列席できる我が国ナンバーツーの地位になれるってことじゃん」
「ああ、その代わり、他のことは全てできなくなる。我が国の宗教行事をすべて仕切る権限を与えられる代わりに実世界の権限はすべて放棄しないといけない。修道院生活だよ」
「え、どういうこと?」
「あまりに頭のいい奴は恨まれる、妬まれる、排除される。フレアはあのまま卒業して行政職に就いていたら、途中で何らかの力が働いて消されることも有り得た。教授たちはこの国の行く末を心配して、フレアが殺されたりしないよう生かしておいて、必要があればその叡智を活用できるよう残しておきたかったんじゃないかと思うんだ」
「それが神祇官職?」
「ああ、俺たちがトリシアと呼んでいる叡智・トリキアウィタールムは元々この国が危機を迎えた時、機能不全に陥った政治・行政機能に代わり、3人の高等神祇官が叡智を集め、国難を乗り切った事例に倣って残っている組織だ。現在も最高神祇官と2人の高等神祇官の3人で仕切っている独立したシステムだ。今では国家の大切な舵取りが必要な時にドージェと十人委員会が起案した対応策をドージェがトリシアに提示し、トリシアがアルカの中で四分一日(6時間)も検討し、出てきて判断をドージェと十人委員会のメンバーに伝えることになっている」
太陽のない、地下の世界では各国が独自に暦を管理していた。初めは地上のそれを使っていたが、地下での農業や漁業には適していないことや人工的に昼と夜を作り出さないと人間の生活が安定しないこともあって、ここ千五百年くらいは宗教職の最高位・最高神祇官が年初にその年のカレンダーを発表することになっていた。実態としてはトリシアが定めた暦を追認して、国民に公表しているだけだったが。
その中で一日は24時間と定められていたが、地上での太陽が天を一周する一日ではなく、地軸をレムリアが一周するのを厳密に計って定めていた。これはレムリア日と呼ばれ、四分一日はレムリア日の四分の一に相当する時間で、感覚的には6時間と言える長さだった。
一年はレムリア日を365倍していた。1か月は30日とされ、12か月と「先祖に捧げる5日間」で1年が構成されていた。行政年は5日を1週間として、1か月は6週間、そして、彼らは先祖に捧げる5日間を次の年度の準備に使うことになっていた。この1週間を含め、行政官は4週間の準備期間を経て、1月16日から新業務年を開始する。逆に前年度決算と業務の締めは2月1日から始まり、4週間で完結することを求められた。軍事行動もこれに準じて、通常兵力が一般兵で構成されていたことから、2年間の勤務を基本として、この時期に半分が交代を実施した。遠方に派遣されている兵の交代を考慮して期間は4週間とされ、近い場所は早急に交代することを求められた。
「手続きは知っているが、仕組みは大昔上手くいったからそのまま踏襲しているってだけだろ。フレアがそれに関与できるなら、彼女が考える国家運営に最高に関われるわけじゃん。しかも、神祇官は『身体の不可侵権』があって、誰かが手を触れただけでも死刑になり得るという絶対的に安全な身分なんだろ?」
「それを利用してこの国が亡ぶ一歩手前に行ったことがあっただろ?」
「ああ、第二十三代マグリーノ・マルゲリーニのことだろ?まさに王だったらしいな。俺は歴史の教科書に書かれていることしか知らないけど」
「この国の王の出現に対するアレルギーは強烈だからな。それで役職のダブル配置と任期の短期化で権力集中防止に徹していた時期が5、6百年ほどあったけど、それでも国王が誕生し、腐敗と権力集中・乱用で国が衰退したから現在のドージェと委員会制が発達したんだ」
「ジョバンニ、お前、本当に歴史の先生になるつもりか?」
「考えている。軍を除隊したらどこか地方の高等部に再就職したいな。アカデミーの講師もいいな」
「本当か?」
「冗談に決まってんだろ!俺たちが元首親衛隊に転属して彼女を守らなくちゃならんと思わないか?」
「それは意味があるが、同じ地方の出身者で固めるとあらぬ疑いを持たれるからな」
「ああ、第二十二代ドージェ、アラン・パックスマーレのことだろ?あれは疑心暗鬼と国民がマルゲリーニに騙された部分があったんだろ?気の毒だったのは、パックスマーレ一族の報復を恐れたマルゲリーニが政治に全く関係ないパックスマーレの二男の奥さんと娘と2歳と3歳の孫まで断首したことだったな」
「結局、不正蓄財とか政治腐敗の証拠は出てこなくて、後にトリシアにより名誉は回復したが、結果的に我が国は数百年元老院議員を輩出し、何代にもわたりこの国に貢献してきた優秀な軍人・政治家一族を失った」
「そういうことだ。フレアがそんなに優秀なら、政治の表舞台に立たせないで裏方で身の安全を図りつつ、この国を導いた方がいいと考えたとしてもおかしくはないだろう?優秀な軍人のティベリウスとガイウスを既に失っているスロステン伯爵家が絶えてしまうのも問題だと考えた人がいるんだろうね」
「そういう点、我が国は皆が国家存亡を常に考えているよね」
「辛いけどね、多分。自分の人生であって、自分の人生ではなく、まずは国家存続が一番重要な価値観を生まれた時から押しつけられているわけだから」
「平和が来て、また地上に出られたら考えればいいんじゃない?」
「それはいつ?いや、そんな日が来るのか自体、誰も分からない。多くの人がそういう言葉を信じて、もう2千年以上も我々はこの地下で暮らしているんだよ」
二人はパネルがはめ込まれ、人工的に夜になったり、昼になったりする天井を見上げた。
人類が異星人の攻撃を受け地下に逃れてニ千年以上が経っていた。
小集団で地下の隙間に集まって住み、大きなスペースを見つけては移住を繰り返し、集団から集落、群落から都市国家へと発展したのが初めの八百年くらいと言われている。
それまでは地上の社会制度を使っていたが実態に合わないということで徐々に変革していったが、富の集中、武力の集中、権力の集中をまず経験し、国家が衰退し弱体化した。
他国の干渉、疫病の蔓延を経験して、権力の分散化、富の再分配、国民一人一人の政治経済への参画を増やして平等化を進めた結果が現在の政治経済形態だった。
貴族や商人階級など前時代の遺物のようなものも若干残っていたが、実体は薄れ、平等化した社会になってからの四、五百年程度レムリアは平和と安定を享受できてきた。農業生産の効率化、国民皆兵、富国強兵、富の再分配、教育の徹底、工業生産の効率化等が奏功し、他国よりも進んでいたことが他国からの脅威を減らしていた。
しかし、他国も技術が進み、軍隊の近代化、合従連衡、人工飲食物や昆虫食の発達、疫病の減滅で力をつけるとやはりレムリアの肥沃な大地、効率化された農業生産力と工業力は魅力的で戦略目標とされ、ここ百年ほどは全方位国境紛争が続いていた。
ウィレムとジョバンニが参加した十年戦争もレムリアの勝利に終わり、無敗のアルマダ伝説にさらに一ページを加えたものの、苦戦続きだったことは紛れもない事実だった。
兵士も指揮官も感じていたのは圧倒的勝利が減っていて、辛勝が増えたこと。どの戦線でも指揮官が判断に困る事態が起こったり、判断が遅かったためにレムリア側の兵士の死傷者が増えていた。決して指揮官のレベルが下がったわけではなかった。絶えず国境紛争があるので、平和ボケする時間はなかった。
兵士の練度も兵器の性能も上がっていた。高熱となり、有毒ガスが発生しやすい地下での戦闘に不可欠となったのはわずかな光でも発電して酸素を作り出す呼吸器付きのパワードスーツだった。
レムリアのパワードスーツは依然優位性を維持していたが、他国のパワードスーツは確かに性能的に追いついてきていた。単純に個別の兵士の戦闘力✕パワードスーツの性能とは言えないものの、これまではこの計算通りに戦力を測って、他国は本格的なレムリア攻略戦争を仕掛けてこなかった。
通常戦力はどの国も似たり寄ったりで、人類が地上にいた時代からの兵器をそのまま維持管理して使用していた。基本設計が2千年以上も前の戦車をベースに地底戦闘車両として改造して使用している例はどの都市国家でも見られた。
レムリアがもう一つ有利だったのは広大な地下壕的空間『ガイルバイオ・カヴェア』を見つけたことだった。地下に逃れてきた当初、レムリアは小国家で且つ人民も集団行動になれていなかったため、国境紛争に負けては逃げ、食べ物がなくなれば別の場所へと移り、という不安定な状態が数百年続いたと年代記作者は記している。
この年代記作者が記した『レムリア興亡記』は千年前、レムリアが地上並みに生活水準が上がった過程と衰退していった背景などを記した書物だった。国家が亡ぶのと同時に完成するはずだった。少なくとも作者はレムリアが衰退しはじめた時に危機感を持って書き始め、国亡き後、人類への教訓となるよう考えて書いたものと言われていた。
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