天使と悪魔・聖アナスタシア学園(14)
第十四章
~神への冒涜・ゆり子~
再び5本のろうそくから上る煙が一つに集まり、竜巻のように捩じれ、その中にルキフェルの顔が現れた。
「マリア・ファービウス・ユーリカウ」
ユリは床に着くくらい頭を下げ、地面に向かって大きな通る声でルキフェルの問いに答えた。
「は!あなたの忠実な僕のマリア・ファービウス・ユーリカウはここのおります。大天使ルキフェル様、私めにサイトウ・ユウトとの2時間をお与えくださいますか?」
目を閉じている全員には見えないのだが、ルキフェルは意地悪な笑みを浮かべてユリの質問に答えていた。
「おう、お前に、お前の望む、サイトウとの2時間を与える」
「ありがとうございます!有意義に使わせていただきます」
「それは当たり前だ。だが、儂は条件を少し変えるぞ」
全員が一斉に目を開けた。もちろん頭を下げているのだから床しか見えない、神官役のマサミ以外は。そのマサミは静かに頭を上げ、ルキフェルを見つめてはっきりとした声で応答を始めた。
「フェライヤ・マサミンが発言します。お許しください。条件の変更とは?」
「儂は考えたんだが、ファービウス・ユーリカウもヘレス・ユリカイアも同じ二時間を得るために、片や二時間、片や二年では不公平があろう。無論、それぞれが自ら申し出たもので、儂はその価値があると認めはしたが、そなたたちの間に不公平感が残るのは望ましくないと考えた」
「しかし、ファービウス・ユーリカウが提供できるものは多くはないことはルキフェル様もご存知の通り」
「分かっておる、分かっておる。そこで、二年や二月と言わず、二時間を二日間とするのはどうだ?ファービウス・ユーリカウの負担が大幅に増えるとは思えぬが」
マサミが勝手に決めていい話ではなくなったので、当の本人の考えを聞くしかないだろうと、ユリの方を向いた。ユリは床を見つめたまま、同じようなことを考えていたようだ。
「ファービウス・ユーリカウ」
「は、ここにおります。大天使ルキフェル様がおっしゃること、このファービウス・ユーリカウはよく理解しました。どうぞお考えの通りに」
「よろしい。ただ、一方的に条件を変えたとあっては儂も気になるから、お前がそのサイトウとやらと過ごせる時間を四時間とまでにしてもよいぞ」
「は、ありがとうございます。しかし、私は二時間で十分でございます」
「そうか。儂はそのサイトウの霊を連れてくるから、四時間を、お前の好きなように使うと良い。一分、いや一秒でもよいし、四時間でもよい。時が来たなら儂は霊を連れて行くだけだ」
「ありがとうございます」
ユリはルキフェルの言葉を聞いて、今度は本当に床におでこをつけていた。望んだものが手に入る!
自分の欲求が本当に自分独特の物か、若さゆえのことなのかが確かめられる。ゆり子には申し訳ないが、彼女の何百分の一の時間を犠牲にして、欲しいものが得られたことになる。
「サイトウとやらを連れてくる前に、ヘレス・ユリカイアはおるか?」
ゆり子は突然呼ばれて体が一瞬硬直した。ルキフェルは私に何を言うのだろうか?
マサミンが急いで代わりに答えた。
「は、ヘレス・ユリカイアはここにおりますが、本日は結界の一部を担っておりません。加わらせた方が良いでしょうか?」
「ん、本人が聞こえるならばよい。この部屋にはおるのじゃな?」
「はい、東の壁の手前に控えております。呼び寄せます」
「そうしてくれ」
ガサゴソとゆり子は肌着の上に修道服を重ね、急いで3か所ある紐状の留めをすべて結んで肌を隠し、結界の方へと屈んだまま進んだ。
「大天使ルキフェル様、ヘレス・ユリカイアでございます」
「おう、ヘレス・ユリカイア、お前に伝えたいことがある」
ゆり子はいきなりルキフェルから自分の命の時間を二年分取り上げると告げられると思って青ざめた。今からは困る、まだ心の準備が…。
「先日、お前は儂にお前の貴重な人生の二年間を捧げると言うたな?」
「はい、嘘偽りのない申し出で、いつでもルキフェル様の望む時に取り上げてください」
本音では「いつでも」は困る、特に今は、と思ったが、契約をした以上、履行できないなら自分の命で償うしかなくなり、その方が大変なことになるので、ルキフェルの提案をまず聞こうと思った。
「そのことだが、お前は友達思いのきちんとした学生のようで、ここにいる者たちの信頼も厚く、周囲も一目置く存在だから、儂はお前との約束の条件を変更して、二年と取り決めをしたが、それを二週間にしようと思う」
「は、ありがとうございます!なにゆえか伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん?」
「あ、あ、あ、あ、すみません!出過ぎたことを」
ゆり子だけでなく、全員がしまった!と思って頭を床に押しつけそうな勢いで下げた。実際にマサミもユリもサクラもスミレもおでこが床に触れていたし、優子、帆波、梨花、未希は恐怖で体が震えていた。
マサミの説明では、自分たちは天界の全能の神の息子、大天使ルキフェルに降りてきていただくようお願いしているが、彼の別名はルシファー、つまり、悪魔だというのだ。自分たちはそういう神にお願いごとをしているのであって、間違っても彼を批判するとか、彼の判断に疑問を挟むことなどは許されず、そのようなことをした場合、下手をしたら全員の首をその場で体か引き千切られる可能性があるとのことだった。
降霊術の本には、幾つも「教会内の集団自殺」や「教会の火事による大量の死人が出た事故」の記述があったが、実際にはすべてルキフェルの怒りに触れた結果で、彼から罰を下されたものだろうと書かれていた。
ゆり子の質問は批判でもなく、ごく自然に出てきたものだったが、それは人間の世界でのことで、神の世界には別のルールがあることを忘れてはいけないのだった。
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