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月と六文銭・第六章(1)

 武田は英国車を見に行くことになったので、レースクイーンの板垣いたがき陽子ようこを誘った。
 陽子は服まで指定してくる武田にちょっと戸惑いを感じたが…

~青山七区とアストン・マーティン~(1)


 ピローン♪

 携帯電話にメールが届いた音だった。陽子はパパがいる時は音がしないよう気を付けていた。パパは30分ほど前に帰って行ったばかりで、片づけを済ませ、入浴しようとして服を脱いだところだった。タオルを巻いてバスルームを出た。
 スマホのメールアプリを立ち上げ、送信人がTTとなっているメールを開けた。

『遅い時間にごめんなさい、哲也です。
 明日ランチを一緒にいかがですか?』

 武田哲也さんからのメールだった。しかも、いつも一文目は謝っているね、と思いながら陽子は画面をスクロールさせた。

『青山の七区ななくとアストン・マーティンに
 行こうと考えています。』

 え?青山の七区ってパリ7区ななくに本店のあるフレンチ・レストランだよね?!金曜は自分のために空けてあったし、夜は誰も来ないし、行っちゃおうかな。陽子はもう一度スケジュールを確認して、返事を打ち始めた。

『ぜひ、行きたいです
 午後は全部空いています
 アストンも見たいです
 陽子』

 陽子は今時の子らしく、句点のない改行で文章を終わらせる文体のメールを送ってきた。

『表参道駅で待ち合わせて、七区でランチ、
 AMは外苑前だから少し歩いてもいいですか?』
『はい!何時にしましょうか?』
『12時15分にA5出口の前の書店で待ち合わせましょう。
 黄色のレトロ・ワンピースがあったら素敵です。
 赤のフレア・ワンピースも似合うと思います。』


 へぇ、服を指定するんだ。イメージがあるんだ。ふ~ん、じゃあ、つばの大きめの帽子を被って行ったら喜ぶかな。少なくとも前回とは違うイメージにしよっと。
 陽子はクローゼットから白いボタンのついたレトロ調の赤いワンピースを出して、素肌に着けてみた。帽子はストローハット、バッグは赤地のハンドルが付いている、これまたストロー調のものを合わせた。姿見に映った自分を携帯電話のカメラで撮った。
 次に黄色のレトロ・ワンピースを着けて、同じように写真を撮った。髪を上げてポニーテールにしてみたら、自分でもかわいいと思える感じになった。髪をドレスと同じ黄色のリボンで結んでみた。横顔も撮った。
 これらをメールに添付して送信を押そうと思った瞬間、明日のサプライズにした方がいいかなと手を止めた。いや、哲也さんが服を指定してくるからには理由があるはず。やっぱり送っておこうっと。

『今、手元にある赤と黄色の
 ワンピースはこんな感じです』

 すぐに返信があって、黄色のレトロ・ワンピース、帽子あり、ポニーテールなし、少し歩くので足元はフラットなパンプスがいいと思います、などと書かれていた。
 結構、細かいなと思いつつ、陽子はようやくお風呂に入って、体を念入りに洗った。


 駅に直結している書店に陽子が入り口を入ってくるとパッと華やかになったのが感じられた。武田は入り口が見える棚にあったビジネス雑誌を観ていた。

「お待たせしました。実際に髪やお化粧を整えるとこんな感じです」

 陽子は軽くスカートを持ち上げて見せた。

「とても爽やかですね。お店まで歩いて3分ほどです。その前に何か欲しい本などはありますか?」

 武田はそう言って旅行雑誌の棚を指さしたが、陽子は首を左右に振って、行きましょ、と武田の手を引いて、来た方向に戻ろうとした。
 確かに書店から歩いて3分ほどで到着し、中2階的な位置にあるテーブルに案内された。
 陽子は黄色のワンピースで行って良かったと思った。七区の内装との対比でとてもエレガントに見えた。スニーカーではなく低めのヒールのパンプスにした。リボンのついたデザインが可愛いと自分では思って選んだ。
 ランチは全5品で、陽子は食前酒も飲んだ。飲まないという割に武田の知識は深く、ワインビジネスをしているパパから聞いていた話と同じかそれよりも少し詳しいなと感じた。
 陽子は日本ではなかなか食べられないウサギの肉に戸惑いながらも口に運んだが、意外と普通に食べられて驚いていた。武田によると臭みを取るために、まずは血を抜き、ネギなどと一緒に保管庫にしばらく入れると聞いて、へぇと感心していた。
 支配人とシェフがあいさつに出てきて、ウサギを注文したことへのお礼をしていた。食後酒はサービスで出してくれて、陽子は貴腐ワインがステンドグラスのような小さいワイングラスに入っているものをいただいた。運転がなければ武田も楽しめたのに、自分だけ楽しんでちょっと申し訳ない気持ちになった。
 支配人とスタッフに見送られてお店を後にした二人だったが、宝飾店は必ずだったけど、レストランでの見送りはパパともオジサマともされたことがないな、とふと思った。

「哲也さんはよく来るのですか?」
「ここは出店時にお手伝いをしました。ワインの入手ルートを変えたいとの希望があって、知人のワイン商を紹介したら喜ばれて」
「普通じゃないですよね、支配人の見送りって?」
「ケーキ屋さんとか宝石屋さんならあるけど、レストランはボーイなどが玄関を開けてくれるくらいかな、普通は」


 青山通りを青山一丁目駅に向かって歩いた。風が気持ち良かった。青山霊園入り口、青山小学校、ラグビー場入り口を過ぎて、〝アストン・マーティン青山”に着いた。

 お店に入ってすぐにカタオカ(名札はKataoka)さんが迎えてくれた。ヒールを含めて陽子と目線が同じくらいだから、実際には165か66くらいだと思われたが、スーツの下のOネックのシャツを突き上げている胸はGかHカップで谷間がすごかった。デコルテを目立たせないために首にスカーフを巻いているのに、彼女の場合、逆効果で胸の谷間に目が行ってしまうだろうと思った。

 カウンターのシロタ(名札はShirota)さんはこういう仕事が長いという雰囲気の女性だった。キリッとしていてビジネスライクな笑顔を浮かべていた。普段から人を見下す感じのある女性だなと陽子は感じた。

 武田は陽子を連れて奥のソファに座った。武田は展示車を背に座り、陽子には自分の左側、店の入り口を背にするように座らせた。

 シロタさんが近づき、担当のキジマがまだ別の客の対応をしている、と伝えてきた。

「ありがとうございます、待たせてもらいます」
「どうしましょう、DB11はご準備ができていますが…」
「ああ、いいですよ、時間はあるので。
 それより、昨日のトーク、かわいかったですね」
「あ、ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいですね」
「あぁいうのがファンを喜ばすんじゃないかな」
「はい、引き続きお願いします。
 武田様はカフェオレでよろしいですね。
 お連れ様はいかがなさいますか?
 エスプレッソ、カプチーノ、カフェオレ、アイス/ホットティー、ジンジャーエール、ウーロン茶がございます」
「カフェオレをアイスでいただけますか?」
「かしこまりました。少しお待ちください」

 シロタさんはお腹の前で手を重ね、サッとお辞儀をして、下がっていった。

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八反満
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