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月と六文銭・第十四章(42)

 田口たぐち静香しずかの話は続いていた。厚労省での新薬承認を巡る不思議な事件の話に武田は引き込まれ、その先の展開に興味を示していた。
 田口のカバー・高島たかしまみやこは、ターゲットのネイサン・ウェインスタインとのベッドインの前に、探っている彼の不思議な力を発揮させようと、彼の嗜虐性を煽るやり取りを始めた。

~ファラデーの揺り籠~(42)

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***再び回想へ***
 ウェインスタインは動けず、イスに座ったまま、考え込んでいた。
 都は落ち着いてきたようで、トーンが元に戻りつつあった。
「ごめんね、少し感情的になってしまって」
「そんなことないよ」
 ウェインスタインは小さく首を振って、そう伝えた。
「じゃあ、正直に答えてね。
 あなたは、まあ、私がplay toy=玩具(おもちゃ)とまで蔑まれてはいないと思うけど、この女、ここをいじったらこう反応するだろうとか、あそこをいじったらこんな反応するから面白い、って思って、昨日抱いたでしょ?」
「女性の反応、いや、君の反応には興味があるよ、正直なところ。
 でも、玩具だなんて思ってないよ。
 結婚しているから付き合えないことは分かっているし。
 割り切った関係でしか会えないことは理解している」
「じゃあ、これから私の秘密を一つ教えるから、ネイサンの秘密を一つ教えてくれる?」

 ウェインスタインは、どんなことを聞かれるのだろうかと少し気になった。もちろん秘密の力については気づかれていないはずだ。そして、都の秘密には興味がある。
「私の体の秘密を一つ教えるから、あなたのこと、聞いてもいいかしら?」
 ウェインスタインは頷いて、都の話を待っていた。都は靴を脱いで、ベッドの横に揃えた。お気に入りのバイカラーのシャネル製パンプス。
「あ、これ、夫が誕生日に買ってくれたの、去年。これが家に来てから夫とセックスしてないんだなぁ。
 まぁ、それはそれとして、まずは私の秘密から、ね」
 ウェインスタインは少し前のめりになって、真剣に聞く姿勢になった。
「多分、もう気が付いていると思うけど、私のフェラ、凄くいいでしょ?」
 ウェインスタインは無言でウンと頷いた。
「あなたが無理やり奥まで突っ込みたくなるくらい上手でしょ?」
 彼は再度、無言で頷いた。
「あなたのは大きいから喉の奥に当たるし、口を思いきり広げられて、顎が痛くなるし、一杯だから鼻で息をしようと思っても出来ないのよ」
 すまなそうな表情のウェインスタイン。
「一応、昨日、奥まで突っ込まれて息ができなかったのよ、と言っておくね。
 ネイサンは凌辱って言葉、分かる?レイプとか犯すとかよりも、もっと女性を傷つける行為というイメージね。
 私、喉の奥に突っ込まれたら息できないから、突っ込まれないように、フェラが上手になったの。
 唇や舌、手もフル活用して気持ち良くするようにしてきたから、上手になったんだと思う。
 せっかく気持ち良くなりたいのに、辛いとかは嫌だし」
「それは分かる」

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 都は貞淑な妻だから誰のためにフェラチオの練習をしたんだろうとウェインスタインは疑問に思ったようだった。
「ミヤコは初めてだって言ったよね、アフェア(affair)?」

***現在***
 アフェア(affair)は交流、交際、関係。外交はforeign affairs、外務省はMinistry of Foreign Affairs。近年の一般英語でaffairと言えば婚外交際=不倫関係のこと。単発のセックスではなく、交際していることが必須。
「結婚していなくても、パートナーのいる人なら、アフェアになるんじゃないかな?」
 静香は武田を見つめて聞いた。
「単発の浮気ならcheat(チート)かな」
「そうね。He cheated on herと言えば、彼は彼女に隠れてエッチをした=ズルイ行為、だからチートよね?」
「そうだね」
「あなたは今、チートしていますか?」
「いや、アフェアだよね、これは」
「のぞみさんには申し訳ないわ」
「君が気にすることじゃない、僕がいけないんだよ。
 君は僕のストレス解消に付き合ってくれているだけだ」
「でも、好きになっちゃったから、もう割り切れなくて…」

***再び回想へ***
「そうよ、ネイサンは私が結婚してから初めて受け入れた男性よ」
「じゃあ、誰のためにブロージョブ(BJ=フェラチオ)の練習をしたの?」
「初めてのボーイフレンドがアイリッシュ系アメリカ人だったの。
 彼のは大きくて、BJが大変で、奥に突っ込まれたくなかったから、とにかくうまくなろうと頑張ったの」
「ミヤコはいままで本当に3人しか経験がないの?」
 都は恥ずかしそうに頷いた。
「最初のアイリッシュの彼、夫、ネイサンの3人よ」
「そんなにBJが上手だったら、旦那さん、いろいろ疑ったでしょ?」
「ここから秘密第2弾ね。
 夫のを深く入れられても、吐きそうにならないし、顎が痛くならないの。
 あ、『彼のは小さいんじゃない?』とか言ったら、もう帰るからね。
 私のこと淫乱人妻だと思っても構わないけど、夫は真面目ないい人だから、馬鹿にしたら絶対許さないからね」
 ウェインスタインは手を上げて、いやいやと横に振って、否定した。
「本当に旦那さん好きなのね」
「そうよ、だからネイサンとのこの数日のお付き合いは私に取ってはスゴイ勇気の要る行動だって言ったでしょ!」

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 ウェインスタインは、都がこの瞬間、本気で自分のことを気に入って体を許しているのを実感していた。
「ネイサンの秘密は?
 本国ステイツに恋人がいるとか、偏見はないけど、同性パートナーがいるとか?」
「僕はキリストと同じなんです」
 都は目をぱちくりした。
「神、なの?
 え、どういうこと?」
「母は処女懐胎(immaculate conception)して、僕が生まれたの」
「処女懐胎って何?」
「ジーザス・クライストをバージン・メアリーが宿したこと。
 彼女は夫と交わることなく子を宿したと言われているから、処女懐胎(virgin conception)というの」
「一応キリスト教の話は分かるけど、専門用語は難しいよ」
「まぁ、あまり特定の宗教に踏み込むのは避けるけど、クライストが神の子であるためにメアリーが処女でないといけないのだ。
 神に父がいたらその男も神でないといけなくなり、矛盾が生じるからね」
「そうよね、父が二人いるのも変ってことになっちゃうよね」
「まぁ、そもそも誤訳らしいけど、処女ってところが」
「え、そうなの?」
「若い女性って言葉だったみたいだ。
 いまでいうローティーンあたりの年齢の女性を指す言葉だったみたい。
 もちろん、僕は宗教学者でも、毎週教会に行く熱心なクリスチャンでもないから専門的な解説はできないけど」
「処女懐胎ってそういう話なのね、初めて知ったわ。
 それで、ネイサンのお母さんは若い頃にネイサンを生んだの?」
「それもあるんだけど、妊娠途中から昏睡状態になってしまって、僕がお腹の中にいる間はいろいろな薬を使って延命したというか、米国は中絶にうるさい国で州によって法律が違うことを知っていると思うけど、基本的には中絶できないから出産まで家族が責任をもって見守ることになって」
「じゃあ、お母さんは?お父さんは?」
「母は出産後3、4か月生きていたらしいですけど、亡くなりました。
 父のことは分からずじまいです。
 だから処女懐胎と言っているのです。
 僕は祖父母のところで育ちました。
 中学からディベートクラブで活躍して、高校、大学と勉強させてもらって、それから軍隊に志願して、イラクとソマリアに行って、後は前話した通りです」

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