嫌いだった子のこと
就活の面接でされた質問で唯一、正直に答えられなかったものがある。嘘をついたわけではない。けれど、ほんとうでもなかった。
人間関係において、うまくいかなかったことや後悔していることはありますか?
後悔だらけじゃい、と思えたのはあとになってから。咄嗟に思い浮かんだのは一人、一番嫌いだった子のこと。
中高一貫校に通っていた私は、中学一年生からなんと6年間その子の近くにいた。なんのことはない、部活が一緒だっただけだ。
成績、好きなこと、育ちかたがきっと似ていた彼女と私は、入学してすぐに仲良くなった。
私だけが呼ぶあだ名があった。ババ抜きをしたとき、彼女のどちらの手にジョーカーがあるかいつも分かった。 互いに、一番の友達として周りに認識されていた。
ある放課後の部活終わり、自分の教室に戻る。教卓の上にはたくさんのノート。今日までの課題なのに係が提出を忘れていたようだ。私と彼女ともう一人の部員、Aさんは、3人で職員室にノートを届けておいた。その道中、彼女は私たちに言った。
なんでそんなことしなきゃいけないの?早く帰りたい。おそいおそいおそい。嫌い嫌い嫌い嫌い。
またか。この頃彼女はいつもこうだ。好きより嫌いを口にする。けれど、彼女はAさんと私とクラスが違う。付き合わせたのも確かで、私は謝った。
その帰り道、Aさんは2人になったとき、さっきの彼女の態度はあんまりだよ、と言っていた。 それを聞いてやっと、私は彼女が嫌いだと気がついた。彼女に腹を立てていいんだ、とその時思ったのだ。
嫌い、怖い、嫌を何度も繰り返して言う癖、授業中髪をさわる仕草、登校中私の制服を軽くつかむ手、彼女の返答の仕方が予測できてしまうこと、ドラマチックな展開を望む中二病なところ、全部だめになってしまった。
高校進学を機に私は自転車通学を始め、登下校を別にした。毎週一緒に行っていた図書室に、一人で行くようになった。彼女のことをいつの間にか、××さんと呼ぶようになった。けれど周りは私たちを親友だと思っている。百合の妄想をしている。吐き気がした。
高校2年の2月、先輩からの指名で次の部長が決まった。Aさんは中学で退部しており他の部員は高校から入部したので、以前から私か××さんのどちらかだろうと思われていた。
もし××さんが部長になったら、大学受験を頑張りたいという想いもあり退部するつもりだった。しかし、部長になったのは私だった。××さんは副部長になると思っていた。しかし、私たちの代から副部長制度は廃止された。私は喜んだ。優越感を感じたのだ。
××さんが何を思ったのかは知らない。けれど、部長が決まった日、私が××さんに渡した部誌を引ったくるように受け取った。分かりあいたい、と思うことも、××さんが嫌いだと周りに隠すこともやめた。
そして高校3年に進学したとき、私は中学1年の時ぶりに、××さんと同じクラスになった。思わず笑ったが、将来教師にはなれてもならないと決めた日だった。
××さんに踏み込まれるのが嫌で進路を周りに隠した。部活の仕事は殆ど全て自分が行った。当然、どちらもたいして上手くいかなかった。卒業写真や修学旅行(高3に行く)は全て同じ班だった。数少ない友達は共通していたからだ。それでも、嫌な顔は互いにしたし嫌な言い方もした。
今思えば、私は頑なになっていたと分かる。Aさんや周りの友達も私と同意見だったから、いや、あわせてくれていたから、仕方がないと思っていた。怒って良いと思っていた。
卒業式、控え室で私の席はたまたま××さんの隣だった。彼女は、謝りたいから時間をとって欲しいとその日三回言ってきた。1回目はお弁当を食べていたから、2回目は別クラスの大好きな友達と話していたから、3回目は、何でだったかな。全て断った。
なんで、なんて。今さら、と思ったからだ。6年間、酷いこと、いっぱい言ったじゃない。あなた、私にいつも甘えてたでしょ?もう良いでしょ最後の日くらい。あなたのドラマチックに付き合わせないで。
聞けば良かったな。××さんの名前も忘れかけだけど。後悔を聞かれて、あぁ、聞けば良かったと、今になって思う。
面接官には、この後悔の表面だけをすくって見せた。部長をしていたことが、意図せず高評価に繋がった。そんな話ではなかったのだけれど。
××さんには卒業式以来会っていない。もし聞いていたらきっと、こんなに心に残っていないだろう。聞かなかったから、後悔として強く残っているのだ。
あれから苦手な人は何人もできた。好きな人も、大好きな人も、いっぱいできた。けれど、嫌いな人というと、今でも彼女ただ一人だ。
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