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ルビンの壺

読書感想コンテスト #読書の秋2022
推薦図書「 #死にがいを求めて生きているの
朝井リョウ/著 中央公論新社

公式サイトで紹介されている本書のあらすじはこちら。

植物状態のまま眠る青年と見守る友人。美しい繋がりに見える二人の〝歪な真実〟とは? 平坦で争いのない「平成」の日常を、朝井リョウが現代の闇と祈りを込めて描く傑作長篇。

中央公論新社 単行本紹介サイトより引用

最終章は圧巻だった。特に最後の数ページ、智也が雄介に対して「なあ、雄介」と何度も何度も名前を呼んで語りかけ、その思いをどうにかして届けたいと願うシーンは息を呑んだ。ここにこの世の真実の全てが書いてあると思った。

主要な登場人物が、もう一人の主要な登場人物の名前を何度も呼んで語りかける。ありきたりなラストシーンのように思えるかもしれない。片方は植物状態の青年、もう片方はそれを見守る友人となればなおさらだ。

でもここで、植物状態のまま眠る青年が智也で、見守る友人が雄介だと種明かししたらどうだろう。一気にありきたりではなくなるかもしれない。

混乱している人がいるかもしれないので、もう一度。

眠っているのが智也だ。その智也が、自分を見守る雄介に、「なあ、雄介」と何度も何度も名前を呼んで語りかけている。
実際にはその声は智也の内側に響き渡るのみで、誰にも届いていない。

智也はどうして植物状態になってしまったのか。植物状態になりながらも、雄介の名前を呼び続けるのはなぜか。あらすじで紹介されている"歪な真実"とは何か。本書を読んで、ぜひその"真実"を知ってほしい。


実は本書は以前に一度読んだことがある。「読書の秋2022」に参加するために今回改めて読み返した。
前回読んだのはいつ頃だっただろう。過去の自分のツイートを検索してみる。死にがいを、と打ち込むと、1件のツイートがヒットした。2020年、2年ほど前のことだった。

ほんとうに書きたいことは、書かなかったことの方に含まれる。
つまりこのときは、大事なことは(あえて)書かれていない、と思ったのだろう。

これが今回の感想とはまるで正反対だったので慄いた。
今回はこの世の真実の全てがここに書いてあると思ったから。

私は本当に同じ本を読んだのだろうか。

ふとある絵のことを思い出した。小学校だったか中学校だったかの教科書に載っていたこの絵。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ルビンの壺

見方によって壺が見えたり、向かい合う二人が見えたりするこの絵。
ルビンの壺というそうだ。

例えるなら、2年ほど前の私に見えていたのは、中央の白い壺。今の私には、向かい合う黒い二人の人影が見えている、ということになるだろうか。

もとは全く同じ絵なのに。
もとは全く同じ本なのに。


そういえば先日、これと同じような話をラジオで聴いた。パーソナリティーは奇しくも本書の作者である朝井リョウさん、小説家で歌人の加藤千恵さんのお二人。

番組宛にリスナーさんから、脂質異常症であることが分かったという内容のメール(カード)が届いた。そして朝井さん加藤さんお二人とも脂質異常症だという。

この脂質異常症について、お二人の共通の知人の方が、お二人にこう教えてくれたのだそうだ。

「脂質異常症は赤い薬を飲めば大丈夫」(注:個人の見解です)

加藤さんはそれを聞いて
「そっか、赤い薬さえ飲めば大丈夫なら大丈夫、私には赤い薬がある」
と思い、今まで通りの生活を続けているとのこと。

一方、朝井さんは
「赤い薬飲まないといけなくなるのか!じゃあ絶対気をつけよう!!」
と思ったのだそうだ。

全く同じ言葉を聞いても、受け取り方は驚くほどきれいに正反対。この事実を朝井さんは端的にこうまとめた。

「こうやって世界は分断されていく」

ちょっと冗談めかしたその口調に、私はすっかり打ちのめされてしまった。

「赤い薬を飲めば大丈夫」
もとは全く同じ言葉を受け取ったはずなのに。


もとを辿れば同じなにか。でも人によって受け取り方は様々。
私が2年前に抱いた感想と、今抱いている感想が正反対であるように、同じ人の中でさえ、その時々によって受け取り方が全く違うということもあるのだ。
これが別の人だったら、むしろ違って当然なのだろう。

この世界は、朝井さんの言う通り、ややもすれば分断されてしまうから。

願わくは白い壺にも黒い二人の人影にも、どちらにも柔軟にピントを合わせることのできる人間であらんことを。

白い壺しか見えていなかった2年前の自分を優しく抱きしめてやりたいし、黒い二人の人影も見えるようになった今の自分を褒めてやりたい。

そして今まで通りの暮らしを続ける加藤さんも、絶対に気をつけようと思う朝井さんも、どちらも愛おしく感じるこの感覚をずっと忘れずにいたいと思う。

人の、そして物事のboth sides(両面)を感じ取ることのできる人間であり続けたい。
改めてそう思った。

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