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73 器具焼きの世界

 この世には「器具焼きの世界」というものがあるのではないか。器具焼き。わかりませんか? いちばんわかりやすい例を挙げると、みんな大好き「すき焼き」がそれ。
 すき焼きの語源は諸説あるが、いちばん広く流布しているのは、農具の鋤(すき)を鉄板がわりにして、その上で魚介類を焼いた「魚すき」という料理がルーツだというものだ。その鋤の上で牛肉を焼くようになったのが現在のすき焼きの原型で、他に「くわ焼き」なんて言葉もあり、いずれにせよ、鋤(すき)だの鍬(くわ)だの、農機具を鉄板がわりに使って調理をしたという意味で、どちらも器具焼きに分類できる。
 で、ぼくはひとたび器具焼きなんて概念に気がついてしまうと、他にもそんなのがあるのではないかと、いてもたってもいられなくなってしまう性格なので、酒を飲みながらあれこれ考えてみた。

 鋤があり、鍬があるのなら、それに類するものとして次にくるのは鎌(かま)だ。鋤や鍬で肉などを焼こうと考えた奴がいるのなら、鎌で何かを焼こうとした奴がいてもおかしくない。
 だが、鎌の形を頭に思い浮かべてみると、あれを火にかけてその上で焼けそうなのはバナナくらいしかないことに気づく。あいにく日本の農民はバナナを焼いて食べたりはしない。ウガンダあたりでは焼いていそうな気もするが。
 そんな変化球を求めなくとも、もっと身近なところに器具焼きの代表格があった。北海道の郷土料理として知られる「ジンギスカン」である。
 主にマトンやラムを用いた鉄板焼き料理のことをなぜジンギスカンと呼ぶのか? それは、かつてモンゴル帝国を率いたジンギスカン(成吉思汗)が遠征中に羊を調理したことからそう呼ばれるようになったとか、源義経がどうしたこうしたとか、諸説あって正しいことはわからないのだが、個人的にはジンギスカンらの被っていた鉄兜で肉を焼いたのが始まりで、その形状がいまのジンギスカン鍋にも継承されている……という根拠の薄い説が、とても器具焼き感に満ちていて好きである。
 何より、ジンギスカンという料理自体が好きなのだ。あらゆる肉料理の中で、ジンギスカンはかなり上位に入る。自分の残りの人生であと何回焼肉をできるかわからないが、そのうちの8割をジンギスカンにしてもよいとさえ思う(残りの2割はサムギョプサルにしたい)。
 以前、札幌に行ったとき土地のスーパーに寄ったら羊肉だけで肉の冷蔵ケース1台が丸々埋め尽くされていて、目が点になったことがある。札幌人は本州の人間が焼肉をやる頻度でジンギスカンをやるという話だが、それはあながち嘘ではないだろう。

 変わった器具焼きとして忘れられないものに「紙やき鍋」というのもあった。
 たしか1986年のこと。駆け出しのフリーラーターだったぼくは、初めてつかんだメジャー誌の仕事で、青山一丁目にある『スコラ』編集部へ行った。そこで新連載の打ち合わせを終えたときには、もう日が暮れていた。
 担当編集者は言う。「めしでも食って解散しましょう」と。
 まだまだ出版に元気があった時代。ましてや『スコラ』は出版大手、講談社の系列にある仕事。編集者がライターと食事をする経費くらいふんだんに使えた。
 担当は編集部のある新青山ビルの地下へ降りていくと、飲食店街の中の一軒に入っていった。店名は「紙やきホルモサ」。40年近く前のことだけれど、いまだその店は現存し、公式サイトもあるからそれを見てもらえばどんな店かは一目瞭然だ。

http://www.aoyama-horumosa.com/

 店名にもある通り、ここは「紙やき」が売りの店だった。正確には「紙鍋」。つまり、鉄でも瀬戸物でもなく、紙を鍋に見立てて、そこに汁と食材を入れて火をつける。それでなぜ燃えないのかは、水の沸点(100℃)と紙の沸点(300℃)に差があるからで、科学の基礎の問題だ。バカのぼくでもそれくらいはわかる。それよりも、たかだか新人ライターとの打ち合わせを兼ねた夕飯のために、こんな高そうな店でめしを食わせてもらえることに驚いた。
 ライターになってよかったなあ……。
 心の底からそう思った。

 紙鍋は何かの器具というわけではないが、本来は調理器具ではないもので調理をするという意味で、ぼくの気になる「器具焼きの世界」にフィットする。
 ……と、ここまで書いてきて、唐突に「ちりとり鍋」のことを思い出した。あったよねー、ちりとり鍋。ドロンズのメンバーが芸人を辞めて開業したことで一瞬だけ注目されました。牛ホルモンと野菜の煮込み鍋だけど、それを通常の鍋ではなくて、鉄製のちりとりで煮込むのが特徴。ちりとり──文字通り塵芥のようなゴミを取り集めるための道具で食べ物を調理するというイメージが悪くて、あっというまに話題がしぼんでいったっけ。これもまた、器具焼きの世界の負の側面。

 もっと、活動的というか、アッパーというか、この不景気な世の中にド派手なエンジン音を撒き散らすような器具焼きができないかと思って、「チェーンソー焼き」というのを考えてみた。
 たぶん発案したのは韓国系アメリカ人。昼間は丸太にチェーンソーで大鷲とか彫る芸術活動をしてるんだけど、夜になるとエンジンを切り、飲食店のシャッターを開ける。
 各テーブルにはバーベーキューコンロが設置してあって、鉄板の代わりにチェーンソーがドカンと置いてある。そのブレード部分に厚さ1センチくらいにスライスした豚バラ肉を乗せて、じゅわーっと焼くのである。そう、チェーンソーのブレードを利用したサムギョプサル屋である。
 サムギョプサルといえば、焼けたバラ肉を店主がハサミでじょきじょき切るのが風物だが、チェーンソー焼き屋はひと味違う。
 肉に火が通ってきた頃合いで、店主がチェーンソーのエンジンをかけてまわる。焼けた肉はトングで摘み上げ、うなりをあげるチェーンソーの刃でチュイン!チュイン!と刻むのだ。実に景気がいい焼肉である。
 チェーンソーギョプサル屋、ぜひやってみたいので誰か出資してください。


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とみさわ昭仁
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