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43 近くて遠い名古屋のみそ
忘れられない光景がある。初めて名古屋へ行ったときのことだ。
当時、ぼくはアメリカのベースボールカード(トレーディングカード)のコレクターで、収入のほとんどをカードにつぎ込んでいた。面倒な説明は省くが、カードには当たり外れがあり、当たりを引くためにはカードを山ほど買わなければならない。
中にどんなカードが入っているのか分からないパックを買い、ハズレカードは捨て、当たりは残す。ひどい仕組みの商品だと思うが、いまはその批判は脇に置いておこう。
たくさん購入した結果、当たりカードをどれだけ持っているかが、コレクターの知名度に影響する。珍しいカードをたくさん持っている人ほど、コレクターという狭いコミュニティの中では有名人となる。ぼくのいまの考えとはそぐわないが、当時はそういうものだったし、ぼく自身もそれが当たり前だと思っていた。
あるとき、仕事で名古屋へ取材旅行をすることになった。当時のぼくは、まだ名古屋どころか愛知県にすら足を踏み入れたことはなく、尾張地方、三河地方の文化に直接触れるのは初めてだ。
そこで、これを機会に名古屋の有名カードコレクターたちに会おうと考えた。当時はようやくインターネットが普及し始めた頃で、全国のカードコレクターとネットを通じて交流はできていた。そんな彼らと直接会って、カード話に花を咲かせるのだ。
名古屋行きのスケジュールが決まると、ぼくは即座に彼らへ連絡を取った。現地で取材を終えても当日には帰京せず、名古屋駅周辺のホテルで一泊することを伝えた。すると彼らは歓迎の宴を催してくれるという。よしよし、そうこなくっちゃ。
時は2001年、まだ世界の山ちゃんが関東に進出する前の話である。
ぼくは、どうせ名古屋で飲むなら、こちらにまで噂が轟いている「世界の山ちゃん」に行ってみたいことを彼らに伝えた。すると、即答で「いいですよ、店を予約しておきましょう!」との返事を得た。超好感触。
ローカルチェーン店って、地元民はだいたい避けていたりするものだ。でも、世界の山ちゃんは名古屋の人たちも大好きだというのが、まず意外だった。現地では4~5人が集まってくれればいい方だと思っていたが、いざ現場に着いてみれば、10人ほどのコレクターが集結してた。これ、ぼくに人望があるとかではなくて、みんな「山ちゃんで飲むならおれも行くがね!(方言の使い方、合ってますか?)」という感じなのだ。もうそれに笑った。
全員でぞろぞろと店に入る。広い個室の大テーブルに陣取る。店員さんが注文を聞きに来る。生ビールの人ー? 全員挙手で「生10」。とても明快。「あと手羽先20」。これも明快。
このとき、ぼくは思った。「手羽先20本か。いきなりたくさん頼むんだね。でも、ぼくら10人いるから、一人当たりにすればたったの2本か。まあ、他のつまみも頼むわけだし、もの足りなければ追加で頼めばいいよね……」と。
とんでもなかった! リーダー格の彼が頼んだのは、手羽先20人前だったのだ。
世界の山ちゃんの手羽先は、一人前が5本盛りである。つまり100本だ。それは、ニワトリ50羽分に相当する。コケコッコにもほどがある。
実際に出てきたのは5本盛りが20皿ではなく、たしか五人前(つまり25本)の大皿が4つだったように記憶している。それでも大迫力だ。一瞬、気圧されたが、それでも10人掛かりで食べていけば、あっという間に胃袋へ消える。それくらいうまいのだ。
……と、ここまでは前振りである。まだ味噌の話をしていない。本当に恐ろしいのはここからだ。
名古屋の人は味噌味が好きだというのは、情報としては知っていた。だが、関東にいるとそれはどうにもピンとこない。だって、名古屋名物きしめんはあっさりしたつゆで東京人も好む味だし、同じく名古屋名物のエビフライにも味噌のイメージはない。小倉トーストはちょっと味噌っぽい? そんなことはないか。
とりあえずの手羽先がなくると、名古屋メンバーの一人が、メニューを手にして追加の注文を始めた。
「追加で串カツ10、うずら玉子フライ10、どて煮を……(参加者の顔を見渡して)5。こんだけちょうだい!」
頼むねえー。ぼくは甘辛の味噌味が好きではないので、どて煮は遠慮したいところだが、せっかくの土地の味なので、ちょっと舐めるくらいのことはしよう。串カツもうずらフライも大好物。そちらをうまいうまいと食べれば、注文した彼の顔は立つだろう。
そんなことを考えていると、やがて追加注文した分の料理がやってきた。串カツ10人前(一人前2本なので合計20本)と、うずら玉子フライ10人前(こちらは一人前3本なので合計30本)。他にどて煮の入ったツボがドン・ドン・ドン・ドン・ドンと5ドン。
と、ここで、目の前に置かれた串カツとうずらフライの皿を見たリーダーが叫んだ。「うわ! 味噌とちがうわ!」と。
そう、彼らは味噌だれにドプッと浸かった「みそ串カツ」と「みそうずら玉子フライ」を頼んだつもりだったらしいのだが、うっかりしていて素揚げの方を頼んでしまったのだ。そこ、そんなに驚くようなことかしら? と、味噌に思い入れのないぼくは思うのだが、彼らにとっては一大事なのである。
どうすんのかな? 作り直してもらうのかな? そんなことできるのかな?
と、ぼくは心配してしまったのだが、彼はあっさり解決させた。
「ああ、こうすりゃ一緒か」
そう言うなり、どて煮のツボをひとつ持ち上げると、問答無用で串カツ類にぶっかけたのである。カリカリに揚がって超おいしそうだった串カツが、ぜーんぶ味噌まみれ。
これは良い悪いの話ではない。文化が違うのである。実際、味噌味が苦手なぼくも、試しに食べてみればそれはそれでおいしいと感じたし、十分満足もした。ただ、できることならカリカリの串カツに、じゅわっとウスターソースをかけて食べたいとも思った……。
それからまた月日が過ぎ、時は2013年。
こんどは取材で広島へ行った。その日の夜、取材に同行した仲間と三人、地元でも有名なおでん屋を訪問したのだ。
店に入ると、そこはコの字カウンターで、正面は巨大なおでんの鍋が占めている。ぼくらはその角に陣取った。もちろん、つまみはおでんを注文する。郷に入っては郷に従えの精神で、盛ってもらう具はお任せだ。女将さんはおでん用の皿を手に取り、大鍋から3品ほどの具をのせていく。さつま揚げ、焼き豆腐、そしてロールキャベツ。
ロールキャベツ? 関東ではまず見たことがないが、これが広島おでんの個性なのだろう。よしよし、それは喜んで受け入れよう。魚介系のいいだしの香りが、強烈に食欲をそそる……。
と、ぼくらが油断したそのときだ。上品に盛られたおでんの上に、女将さんがクッソ茶色い味噌だれをどびゃびゃ~っとかけたのである。和風だし、ダイナシ。
繰り返す。これは良い悪いの話ではない。文化が違うのだ。あまりにも文化が違いすぎるのだ……。
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