【2024年11月施行予定】コンテンツビジネスとフリーランス保護法~施行令、規則案を踏まえた今後の対応~
2024年5月2日
弁護士 梅澤 隼
第1 はじめに
公正取引委員会は、令和6年4月12日、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行令(案)」等について、パブリックコメントの募集を開始しました。
いわゆるフリーランス保護法は、本年6年11月1日に施行が予定されており、本法成立時に政令や規則に委任されていた事項が同パブリックコメントにおいて原案として示されています。
ここで、フリーランス保護法において政令、規則及び指針により定めることとされた事項は以下の通りです。
これらの政令や規則は本年5月に公布が予定されているものであるため、パブリックコメントの結果を踏まえて公布までに現在の案から政令や規則の内容が変更される可能性はありますが、現時点での法令等の内容を把握しておくことは、施行までの期間を考えると意義があるものと思われます。
もっとも、施行令や規則の内容は多岐に渡るため、今回は、フリーランス保護法の施行令や規則の原案内容のうち、取引の適正化に関する内容について解説いたします。
第2 取引条件の明示義務の具体的内容(法3条1項)
規則案第1条によると、業務委託事業者は、特定受託事業者に業務委託をした場合、直ちに、法3条1項で規定される内容に加えて以下の事項を明示する必要があります。
業務委託事業者及び特定受託事業者の商号、氏名、若しくは名称又は事業者別に付された番号、記号その他の符号であって業務委託事業者及び 特定受託事業者を識別できるもの
業務委託をした日
特定受託事業者の給付の内容
特定受託事業者の給付を受領し、又は役務の提供を受ける期日等
特定受託事業者の給付を受領し、又は役務の提供を受ける場所
特定受託事業者の給付の内容について検査をする場合は、その検査を完了する期日
報酬の額及び支払期日
現金以外の方法で報酬を支払う場合の明示事項
内容が定められない事項がある場合の明示事項等
共通事項がある場合の明示事項等
1.について、ハンドルネーム等を使って取引をしているフリーランスが、自身の氏名を明らかにすることは個人情報の観点から強い抵抗があるとの意見を踏まえ、実際の氏名の明示まで義務付けられていません。もっとも、ガイドラインの原案では、トラブル防止の観点から業務委託事業者及び特定受託事業者は予め互いに相手方の氏名又は名称を把握しておくことが考えられるとされています。
3.について、給付の内容とは、委託業務の結果、特定受託事業者から提供されるべき物品、情報成果物又は役務であり、その品目、数量、規格、仕様等を明確に明示する必要があります。また、給付に関して特定受託事業者の知的財産権が発生する場合、業務委託事業者が当該知的財産権を自らに譲渡又は許諾させることを給付の内容とすることがあります。この場合には、ガイドラインの原案では、業務委託事業者は、「給付の内容」の一部として、当該知的財産権の譲渡又は許諾の範囲を明確に記載する必要があるとされています。したがって、情報成果物の作成委託などをする場合、知的財産権についていわゆる買い取りと呼ばれる知的財産権の譲渡を想定した取引がなされることがありますが、そのような場合には、法3条の通知の内容に給付の内容として、知的財産権の譲渡が含まれることを明確に記載しなければ、法令違反になってしまうため注意が必要になります。
5.について、ガイドラインの原案によれば、役務の提供委託において、委託内容に給付を受領する場所が明示されている場合や、給付を受領する場所等の特定が不可能な委託内容の場合には、場所の明示は必要ないとされています。なお、情報成果物の作成委託において、電子メール等を用いて給付を受領する場合には、情報成果物の提出先として、電子メールアドレス等を明示すれば足りるとされています。
7.について、報酬額の明示は、特定受託事業者に支払うべき具体的な金額を明示することが原則ですが、具体的な金額を明示することが困難なやむを得ない事情がある場合には、報酬の具体的な金額を定めることとなる算定方法を明示することも認められています。ガイドラインの原案によると、この算定方法は、報酬額の算定根拠となる事項が確定すれば、具体的な金額が自動的に確定するものでなければならず、算定方法の明示と法3条の通知が別のものである場合は、相互の関連性を明らかにしておく必要があるほか、報酬の具体的な金額が確定した後、速やかに特定受託事業者に当該金額を明示する必要があります。
また、ガイドラインの原案では、業務委託の目的物たる給付に関し、特定受託事業者の知的財産権が発生する場合において、当該知的財産権を自らに譲渡又は許諾させることを含めて業務委託を行う場合には、当該知的財産権の譲渡又は許諾に係る対価を報酬に加える必要があるとされています。この点について、委託報酬に知的財産権の譲渡対価を含めるという合意が実務なされることがありますが、上記ガイドラインの記載はそのような取扱いまでを否定するものではないと思われます。
特定受託事業者が委託された業務の遂行にあたり要する費用等(交通費や通信費など)を業務委託事業者自身が負担する場合には、当該費用等の金額を含めた総額が把握できるよう、報酬の額を明示する必要があり、特定受託事業者においては、費用等の清算の有無等について特段の明示がない場合には、業務委託事業者は法3条の通知に記載した報酬の額のみ支払う旨を明示したものであることに留意が必要になります。そのため、トラブルを避けるために、費用等の負担については、事前に当事者間で協議をしておく必要があります。
8.について、報酬の全部又は一部を現金以外の方法により支払う場合、支払方法ごとに必要な明示事項が規則により定められていますが、手形などは実際に利用するケースは限られており、最近では馴染みのある支払方法としていわゆる電子決済サービスの方が考えられます。この点、いわゆる電子決済サービスにより支払う場合は、当該サービス事業者(資金移動業者)の名称及び当該資金移動に係る額を明示する必要があります。
9.について、法3条1項では、業務委託事業者が特定受託事業者に業務委託をしたときは、原則として直ちに所定の明示事項を明示しなければなりませんが、例外的に、明示事項のうち発注段階ではその内容が定められないことについて正当な理由があるものは、明示の必要はなく、かかる未定事項の確定後、直ちに、当該事項を書面又は電磁的方法により明示することになります。未定事項がある場合は、発注段階では未定事項以外の事項の明示のほか、未定事項の内容が定められない理由及び未定事項の内容を定めることとなる予定期日を当初の明示として明示しなければなりません。また、業務委託事業者は、かかる未定事項について、特定受託事業者と十分に協議を行い、速やかに定めなければならず、未定事項が確定した後は上記のとおり、直ちに特定受託事業者に明示する必要があります。
第3 再委託を行う場合に明示をすることができる事項(法4条3項)
特定業務委託事業者は、発注した成果物等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で、報酬の支払期日を定め、それまでに報酬を支払う義務があります(法4条1項、5項)。
もっとも、特定業務委託事業者が他の事業者(元委託者)から委託された業務を特定受託事業者に再委託する場合、各業務と対価の関連性があることを前提に、以下の事項を明示すれば、元委託者と特定業務委託事業者の間で合意された支払期日(元委託支払期日)から起算して30日以内の支払期日とすることが認められます(法3条4項)。
再委託である旨
委託者の商号、氏名若しくは名称又は事業者別に付された番号、記号その他の符号であって元委託者を識別できるもの
元委託業務の対価の支払期日
なお、ガイドラインの原案によると、「元委託支払期日から起算して30日以内」とは、元委託者と特定業務委託事業者が元委託業務について従前から定めていた元委託支払期日から起算して30日以内をいうとされるため、元委託者が、特定業務委託事業者に対して元委託支払期日として定めていた期日よりも早く元委託業務の対価を支払った場合であっても、特定業務委託事業者から特定受託事業者に対する再委託に係る報酬の支払期日が前倒しとなるものではないとされています。
第4 取引条件を明示する方法(法3条1項かっこ書き)
業務委託事業者は、法3条1項の取引条件の明示について、書面又は電磁的方法により行わなければなりません。書面の交付には、ファクシミリによる方法も含まれます。
取引条件の明示について、電磁的方法により提供することについて、事前に特定受託事業者の承諾を得る必要はありません。電磁的方法として実際の取引において利用されやすいのは、電子メールやショートメッセージサービス、ソーシャルネットワーキングサービスのメッセージ機能(送信者が受信者を特定して送信することができるものに限ります。)だと思われます。この点について、ガイドラインの原案では、明示事項を特定受託事業者が一括で確認することができる等、明示事項をわかりやすく認識できる方法によることが望ましいとされています。
第5 特定受託事業者から書面の交付を求められた場合の対応(法3条2項)
前述のとおり、業務委託事業者は、特定受託事業者に対して取引条件の明示を行うにあたり電磁的方法によることについて事前に特定受託事業者から承諾を得る必要はありません。もっとも、特定受託事業者は、明示事項が電磁的方法により通知された場合でも、当該事項を記載した書面の交付を求めることができます(書面交付請求)(法3条2項)。
書面交付請求を受けた業務委託事業者は、遅滞なく書面の交付をしなければなりませんが、以下の記載するような特定受託事業者の保護に支障を生ずることがない場合には、必ずしも書面交付請求に応じる必要はありません。
特定受託事業者からの電磁的方法による提供の求めに応じて、明示をした場合
業務委託事業者により作成された定型約款を内容とする業務委託がインターネットのみを利用する方法により締結された契約に係るものであるとともに、当該定型約款がインターネットを利用して特定受託事業者が閲覧することができる状態に置かれている場合
既に書面の交付をしている場合
このうち、①と③はイメージがしやすいと思いますが、②についてはインターネット上に業務委託の内容についての規約や約款が公表されており、かかる業務委託の締結がもっぱらインターネット上のやりとりにおいてなされるような場合、当事者双方にとって取引条件の明示を含む当該業務委託に係る契約の締結の事務がインターネットを介した方法のみによって行われることが予定されていると考えられるため、そのような場合には、書面交付請求には必ずしも応じる必要はないと整理されています。具体的にはクラウドワーカーとの取引などがこのケースに該当する場合が多いかと思われます。
第6 禁止事項の規制対象となる業務委託の期間
上記図の通り、特定業務委託事業者は、特定受託事業者に対し、政令で定める期間以上の期間行う業務委託を行う場合には、法5条に規定される各行為をすることが禁止されます。そして、かかる「政令で定める期間」とは、フリーランス保護法の施行令の原案によると1か月とされています。
期間の始期と終期は、①単一の業務委託又は基本契約による場合と②契約の更新により継続して行うこととなる場合によって異なります。また、特定業務委託事業者が特定受託事業者に業務委託を行ってから1か月以上の期間を経過した業務委託のみならず、1か月以上の期間行うことを予定している業務委託や、契約の更新により通算して1か月以上の期間継続して行うこととなる予定の業務委託も法5条の対象となるとされています。
1 単一の業務委託又は基本契約による場合
単一の業務委託が1か月以上の期間である場合は、当該業務委託は、法5条の対象となります。また、ガイドラインの原案によると、業務委託に係る給付に関する基本的な事項についてのいわゆる基本契約を締結する場合には、当該基本契約が1か月以上の期間であれば、当該基本契約に基づき行われる業務委託は法5条の対象となるとされています。基本契約は、特定業務委託事業者と特定受託事業者との間で、当該基本契約に基づき行うことが予定される業務委託の給付の内容について、少なくともその概要が定められている必要があるとされています。
⑴ 始期
単一の業務委託又は基本契約による場合における期間の始期は、①業務委託に係る契約を締結した日(法3条の通知により明示する「業務委託をした日」)と②基本契約を締結する場合には、当該基本契約を締結した日のいずれか早い日となるとされています。
⑵ 終期
単一の業務委託又は基本契約による場合における期間の終期は、業務委託に係る契約が終了する日又は基本契約が終了する日のいずれか遅い日であるとされています。なお、実際に給付を受領した日が、取引条件で明示した期日等よりも前後したとしても、これによって終期は変動しないとされています。具体的には、以下のいずれか遅い日となります。
法3条の通知により明示する「特定受託事業者の給付を受領し、又は役務の提供を受ける期日」(ただし、期間を定めるものにあっては、当該期間の最終日)
特定業務委託事業者と特定受託事業者との間で、別途当該業務委託に係る契約の終了する日を定めた場合には同日
基本契約を締結する場合には、当該基本契約が終了する日
2 契約の更新により継続して行うこととなる場合
複数の業務委託を連続して行うことが、「契約の更新により継続して行うこととなる」場合に該当し、当該業務委託の期間が通算して1か月以上となる場合は、更新後の業務委託は、法5条の対象となります。また、特定業務委託事業者と特定受託事業者が基本契約を締結する場合であり、「契約の更新により継続して行うこととなる」場合に該当し、通算して1か月以上お期間となるときは、それ以降当該基本契約に基づき発注される業務委託は、法5条の対象となります。
ガイドラインの原案によると、「契約の更新により継続して行うこととなる」場合とは業務委託に係る前後の契約が、①契約の当事者が同一であり、その給付又は役務の提供の内容が少なくとも一定程度の同一性を有し、かつ、②前の業務委託に係る契約又は基本契約が終了した日の翌日から、次の業務委託に係る契約又は基本契約を締結した日の前日までの期間の日数が1か月未満であるものをいうとされています。
第7 終わりに
フリーランス保護法は本年11月に施行が予定されており、近年、フリーランスに対する業務委託が事業活動においても増加していることに鑑みれば、適切に施行の準備を各事業者において行う必要があります。
なお、本記事の内容を含めて、フリーランス保護法について近日中に短時間のセミナーを実施する予定ですので、ご関心があれば併せてご視聴いただければ幸いです。
弁護士 梅澤隼(松田綜合法律事務所)
2016年12月弁護士登録。2021年から2023年まで経済産業省商務情報政策局コンテンツ産業課にて任期付職員として勤務。著作権関連法務、個人情報プライバシー関連法務等に注力している。