経験よりも先走る私の好きに、言葉で追いつきたい。#16
自分を語る上で、「好き」は欠かせない。
そんな「好き」にも色々な種類がある。
「好き」といえば、その対象について何かしらの経験があるものと思われがちだけど、私にはまだそれほど経験していないはずなのに「好き」と言えるものがある。
大学生の時、離島が好きと確信したことがある。島インターンシップというプログラムに参加したのをきっかけに、離島に次々と足を運び始めた。今はもう6箇所ぐらいには行ったことがあるので、好きを語るのには充分な経験だと言えるけれど、私は離島に行く前から、好きであることを確信した。離島の存在自体は知っていたけれど、たまたまネットで見つけた島インターンの募集を見ただけで、離島が一気に私に近づいてきて、想像を巡らすうちに、「あ、好きだ」って。
好きになるだろうな、じゃなくて、もうすでに好き、って感覚だった。
経験よりも先走る「好き」が私には多すぎる。
人に自分の趣味とか好きなことを言う上で、その対象への経験は、誰の口からも必ずといっていいほど語られる。それがないと、「何で好きなの?」となりかねない。
誰かに語るために「好き」があるわけじゃないけれど、「好き」が言葉になることで、私を形成するアイデンティティにもなる。だから経験して、言葉に落とし込んでいきたいとは思う。
経験よりも先走る「好き」に気づいてから、「好き」というのはそんな論理的に語られるものじゃなくて、内側からふと湧き上がるものなんだよなと思う。
人を好きになるのに理由なんてない、動物的本能みたいなもの。というのと一緒ぐらいに、まだ見ぬ物事に対しても、理由なく「好き」は毎日過ごすうちに次々に出てくるんだよね。
まだ語ることを許されていなかった、そんな心の中だけにしまっておいた、「好き」を、早く言葉にしたい。言葉にして私にしたい。
そのためには経験ももちろん必要なんだけれど、言葉にすることもしてみたい。経験ばかりを重視してしまうと、その対象が自分の経験だけに制限された状態で、考えを巡らせることになる。
経験だけでは見えてこない、「好き」が湧き上がった源泉を知りたい。源泉に近づくほど、私自身のことも見えてくる。好きなものと私の距離がグッと縮まって、好きなモノコトを私自身にしていきたい。
「好き」を言葉にしよう。決めた。
今後不定期投稿でマガジンを作って更新していくことにします。
心の奥底にある、たくさんの「好き」が私を表現するものになりますように。